あまりに返事の連絡が遅くて仕事に支障が…

私は在宅で働く主婦です。
出版社から依頼されて漫画を原稿にかいて納品するという、細々とした漫画家業をしていて、周りの会社などに出勤して雇用契約を交わす仕事とは違うので、周りの人に話しても想像されにくい仕事内容ですが、自分の思い描く世界を表現できたり、それなりにやりがいや楽しさがあります。
その反面、大変な売れっ子でもない限り、出版社とのお金をいただいての専属契約や、保険などもなく、いつ切られても仕方のない業種で、いわば非正規労働、もっといえば連載を持っていない限り依頼があれば働けるので、月雇い、日雇い労働のような感じにも思います。
漫画家はデビューすると、出版社の中の編集者さんが担当者としてつき、作品をかいてその雑誌で発表する上でのアドバイス、修正点などを指摘頂きます。
その方との相性や話次第で、話がどんな方向にも展開されていったり、人気不人気も左右されたりするといわれています。
ただ私は、アドバイスをいくら受けても、最終的に描くのは作家本人なので、全ての責任は作家である自分にあると考えています。
担当者の方とのコミュニケーションがスムーズなら作品の進行状況もスムーズにいきますが、作家一人に一人担当者さんがつくわけではなく、小さな出版社であればあるほど、一人で何十人と抱えておられたりします。
なので仕事の依頼があり、話の提案をするも返事が締め切りギリギリまで来ないことは一度や二度ではありません。
仕方がないことなのですが、そのたびに「自分は作家として重要視されてないんだな」と気持ちが落ち込んだりします。
一番きついのは、締め切りギリギリで全部ボツ、一から考え直すことを言われたりすることです。
全部ボツ、なら、目を通して一言メールで言えるだろうに、もっと早く言ってくれたら…と思いながら、あまり練られていない話を無理やり仕上げたこともあります。
あまり外に出て人と接する仕事が好きではなかったですし、在宅での仕事ならあまりコミュニケーションを重要視されないと思っていましたが、逆で、お互いの顔が直接見えず、ほぼメールか電話のみでのやりとりになるので、上手に担当さんの意図を受け取ったり、自分の意図を伝えることができる能力が必要だと感じました。
在宅で自分の内面に向かう仕事と共に社交能力も高く、上手に編集さんと二人三脚できるようにはなかなかなれず、お互いの意図がどんどんずれてしまい修正不可能にまでなったように感じた時、この仕事は向いていないと、やめようとおもい、編集さんに「体調不良なので治療に専念します」と原稿に手紙をそえて、やめようとしました。
自分への返事の連絡もどんどん遅くなっていたのと、新人さんがどんどん出てきているから、そろそろ掲載されなくなるかもしれない、と言われていたのもあり…。
手紙を出すと電話がかかってきて、具体的にどのような不調か、など聞かれて、ほとんど何も聞いてこない方だったので、「まだ少しは必要とされているのかな」と思い直し、今もとりあえずつながりがある限り、依頼にこたえて読者さんに楽しんでいただきたいと思っています。

新卒という貴重な時間を費やした結果

会社を辞めたいと思った時
・営業で採用されたが、会社の情勢が変わり営業アシスタントにされたとき
・営業アシスタント(給料は事務と同様)だがなぜか半分以上は営業の仕事をさせられる現状をしったとき
・顧客フォローを実施するも、結局は顧客のことではなく営業的な数字を上司から求められたとき
・残業をせざるを得ない仕事量があるにもかかわらず、残業をしていると嫌な視線を浴びせられるとき
・営業でもないのに数字をあげるも、インセンティブは私にはつかずそのエリアを担当している営業についたとき
・その営業が私に感謝することもなく、口先だけの「ありがとう」すら言われなかったとき
・使えない上司の下に就いたとき
・上司のせいで契約がとんだとき(1度ならずも2度もあったときには殴ってやろうかと思うほど腹が立ちました)
・顧客の口座から当月支払い分の会費が落とせなかった際に、直接顧客に現金で集金をしなければならなかったが、逆切れされ1時間ほど電話で人間否定をされたとき(当時、その日が初めて一人で営業を回る日だったにもかかわらず、お金を払わない先方が悪いにも関わらずバツが悪かったのかこちらを永遠と非難してくる30~40代前後の若い社長にあたったときは、世の中こんな小さい理不尽な男がいるのかと冷ややかな視線を送りたくなったものです)
上記のように、大なり小なり会社辞めたいな、と思ったことは多々あります。最終的に退職した理由は上記のようなものではなく、その仕事をしている私が嫌いになりかけていたからです。日々働く中で自分の存在意義を見いだせていなかったのだと思います。当時の私がよく言っていたのは「自分が腐っていっているのがわかる」でした。
もちろん毎日のようにアポイントメントを取得し顧客の元を訪問したり、社内で提案書やHPの代理作成を行ったりと日々自分でスケジュール管理をしっかり行い働いてきました。しかしながら、どうしても会社が顧客本位ではなく、会社本位で動いているのを目の当たりにし新卒で会社の厳しさ・実状・ギャップ・きたなさ…といったものに耐えられなくなってしまったのです。
今思い返してみれば、同時の私は子供だったのだと思います。胸をときめかせて新卒採用で入社した広告代理店。そこまで高くいいイメージを膨らませていたわけではありませんが、業界の汚さや会社の質というものを入社するまでしっかりとは理解できなかったのだと痛感しています。
辞めたことは後悔していませんが、日本で転職するというのはなかなかステップアップできるものではないなと感じています。
「最低でも3年働きなさい!」とよく耳にしますが、どうしても耐えられないのであれば3年を待たずに辞めてしまうのも一つの手です。ただ、一時の感情に左右されずに真剣に考え抜いたうえで今後の進退を決めるべきだということを声を大にして伝えたいと思います。

トラックドライバーの勤務体制に疲れ果てて会社を辞めたい

トラックのドライバーと言えば、やはり過酷な勤務というイメージがつきまとうのではないでしょうか。私の会社も例外ではなくやはり過酷な勤務で有名な会社でした。周囲にはもっともっと楽な勤務体制の会社もあったので、私はもっとそのような会社に入りたいと思っていましたが、当時結婚して娘が生まれたばかりでしたので張り切って頑張るほかありませんでした。周囲に頑張れ頑張れと言われても私の体は限界にきており食事も現場現場の間で、カップラーメンをすするようになっていました。食事の時間も満足にとることが出来ない仕事の中であたしはストレスがmaxになってしまいました。頭もはげてきて、悲しくなる一方です。早く家に帰りたいそう思っても私は東北の中を雪道のなかを走っていたり長野走っていたり、神奈川果ては北海道までも行きました。高速道路で覆面パトカーがたくさんいる中気を使いながらなるべく急いで配達しなければなりません。当時は80キロ規制などはありませんでしたから、なるべく急いで現場へ向かうのが普通です。そんな中私は居眠り運転惜しそうになり恐怖を感じて会社を辞めたいと思いました。私の会社は居眠り運転で事故で死んでいる方がいらっしゃったので私もそのようにならないように気を付けなければと気を引き締めて運転をしておりましたが、事故を起こすときは事故を起こしてしまうものですから私は早くトラックドライバーを辞めたいと思っていました。そんな中私は条件の良い会社に出会いトラックドライバーを辞めなくてもほかの会社にステップアップしていこうと考え、そんな中私は条件の良い会社に就職しました。ですからトラックドライバーを止めることはできなかったんですけどそれでもトラックドライバーを辞めたい辞めたいと思いながらトラックドライバーをしていました。上下関係も厳しい会社でしたから突然怒鳴られたりすることもあって私は会社を辞めたいと思うことがとても多かったです。もっとゆっくり食事をしたいとか、もっと早く家に帰りたいとかそんなことばかり考えていましたのでよく事故を起こさなかったものです。また、これからも非常に気をつけて運送の仕事に取り組んでいきたいと思っておりますが、本当は副業だけで食べて行けたらいいなと考えてますがそうは甘くありません。とにかく運送の仕事は体力勝負ですから食べるものもしっかり食べて、栄養もつけてゆっくりとした睡眠が必要なのですがだいたい私はトラックの中で寝ています。この文章もトラックの中から書いています。私の会社はとても厳しいことを言われますから、1分1秒でも遅れてしまうと納品してもらえない場所があったり、なかなか高速道路で道を譲ってもらえない場合もイライラしてしまいます。1分1秒争っていますから事故起こさないように気を付けなければならないのはわかっているのですがひやっとした場面はたくさんあります。そんな中私は会社を辞めたいと思ってしまいます。もし私に何かあったら残された家族はどうなってしまうのだろうとか私にかかってくる責任はどのように処理されるのだろうとかそんなことばかり考えてしまいますので非常に過酷な毎日です。会社を辞めたいと思っても、お金のためには仕方がありませんので我慢して働いていますがお金があったらすぐにでも会社を辞めたいです。早く会社を辞めたいと思っていますけどなかなか会社を辞められないというのが現状です。トラックドライバーの仕事は過酷ですから、トラックの中で睡眠を取らないで自宅に帰って本来はゆっくり休みたいものです。私の会社では夏休みとか冬休みとかそういったものが少しあったんですけど最近なくなってしまいました。やはり時代の流れでしょうか持ち込みのドライバーも減り給料減る一方です。ですから私は会社を辞めたいと考えていますもっと安定した仕事につきたいものです。しかしトラックドライバーしかやってこなかった私は、他にどのような仕事が務まるかなんて考えてみても時間のムダなのです。トラックドライバーしかありません。そんな私は、自分が呪われているのではないかとさえ思ってしまいますからかなり重症な部類だと思っております。できるだけ早く会社を辞めたい毎日そんなことを考えながら走っているといつか事項やってしまいそうなので気を引き締めて今日も頑張ります。

警備員の過酷な冬会社を辞めたい

警備員という仕事は、道路の交通整理をしますけど、非常に冬場は辛いものです。冬場は手がかじかみ、足も非常に冷たくなります。ほとんど安全靴を履いているので、鉄板が深々と冷え込み足が冷たくなるのです。私は非常に冷え性なので泣きたくなるほど辛くなり、会社を辞めたくなりました。冬の道路に立っていると、警備員は体を動かしませんから体が温まるようなことはありません。できれば体を動かして働きたくなってしまうような衝動に駆られてきます。警備員という仕事は非常に過酷で、孤独も感じます。早く仕事が終わらないか待てど待てど時間は経過しません。毎日職場も行き先も違います。そして責任は重大なので居眠りなどは決してできません道路の交通整理をするにあたって、非常に責任感が問われてきます。私の会社は、遅刻などしたら大変なことになる会社でしたから時間だけは厳守でしっかりと守っていました。早く家に帰りたい早くご飯を食べたいそのような気持ちが襲ってきたときに時計をちらっと見てしまいます。時計をちらっと見て10分経つのが30分にも感じたり1時間にも感じたりします。トイレに行きたくなったときも本当に大変なのです。少しトイレに行って下痢が長引き、20分ぐらいこもってしまったことがありましたが、帰った途端に上司に怒鳴られました。トイレに行って帰ってきただけなのに怒鳴られるようなことがあるのが警備員の仕事ですから心して警備の仕事に取り組んでください。私はその頃から会社を辞めたくて辞めたくてどうしようもありませんでした。早く会社を辞めたい、早く楽な生活がしたい楽に稼ぎたいそんな気持ちばかり頭を駆け巡ります。しかし稼ぐ方法を私は知りませんから経理の仕事をしていくほかありませんでした。私は現在でも稼ぐ方法あまり知りませんので、貧乏していますが当時警備員をしていた時の過酷な足の冷たさにはまいりました。夏場も暑くむんむんとするので早く会社を辞めたいなとそんなことばかり考えていました冬場の強烈な寒さのなか風が吹き付けるとますます寒くなるので底冷えをします。いきなり運転手さんに怒鳴られたこともありますので、こんな仕事早く辞めたいと思っていました。駅の警備をしていた時の話ですけど、駅の警備も非常に忙しく歩行者のみなさんにとってわかりやすいKBをするように努めていました。どのような状況の中でも私は仕事を辞めたいと思ってしまうので、メンタルが非常に弱いように思います。何か良い仕事ないかなと探してみてもこんな性格ですからなかなか見つかりません。早く会社を辞めたいそういうふうに考えるとキリがありませんね、もっと良い仕事ないかなと探してみても探す仕事はどれもこれもきついものばかりですので何もかにも続きません。

女の嫉妬と上司の理不尽さ

子供を抱えて母子家庭で派遣でバリバリ仕事をするのは正直両立できるか不安だったけど、子供が大きくなるにつれてお金がどんどんいるのでやってみようと。
今までパートでしか仕事をしたことがなくバリバリ週5。6で働くのに不安を覚えながらも派遣先へ登録に。
そこでとある企業を紹介していただき面接を受け入社するときに私には同期入社の人がいることを知った。
同期とは強みだと思い同じスタートだから仲間ができたと思って嬉しくなってた。
 仕事はかなりハードで何種類もの仕事を毎日日替わりでこなしていかなければならない職場であった。人数は10人も満たない社内でこじんまりとした会社だった。
私と入れ替わりに辞める先輩の指導も熱がある感じで、毎日メモを取る、聞く、覚える。これの繰り返しであった。
同期がいるって素晴らしいことで毎日同期と仕事の愚痴や相談、わからないことは二人で解決して仕事を覚えることに必死になっていた一カ月。
ここからすでに女の嫉妬の片鱗が見え始めてるとはその時の私には気付かなかったのでした。
 入れ替わりの優しい先輩が退社すると、もう一人前だということで現場に出されて何種類の仕事を日替わりでこなしていくことになった。
同期がいるからまだ救われてる、聞きたいことも同期や聞きやすい先輩に聞きながら日々過ごしていた。
ただ上司の私へのあたりがきついことを除けば頑張れそうだと思っていた。いつも上司に理不尽な事で叱られる私を見て同期は慰めてくれたり、愚痴を聞いてくれるのであった。心の中でいつも「同期がいて良かった。また頑張ろう」と思うばかりだった。
そんな忙しい日々を過ごして頑張っていたある日、、、。
 仕事では先輩、年齢では年下。これが一番お互いにやりにくいポジションである人が声をかけてきてくれた。
私は数少ない人数の中、この人が一番苦手であった。若い、そこそこ可愛い、しかも自分にとても自信あります。的な若さを前面に押し出してくる先輩だったからだ。
「○○さんって綺麗ですよね。尊敬します。その年でお子さんがいて綺麗なママだなんて」
にっこり笑顔で声をかけてきてくれたのには正直怖いと思ったけど、自分を褒めてくれてることは嬉しくなった。
「そんなことないですよ。○○さんの方が可愛いし、モテるでしょ。羨ましいよ。」
と苦手だと思いながらも職場ではあたりさわりなく答えるのが一番だと思い返答していた。これをきっかけに若い先輩は休憩時間が被れば向こうから良く話しかけてくるようになった。
 彼女は自分の家庭の話や、仕事の愚痴、上司への不満などさまざまなこと話してきた。もちろん苦手意識をぬぐいきれない私から話すのではなく、先に話し出すのはいつも彼女で私は相槌を打つばかりの日々だったのだが、彼女はこんなことを聞いてきた。
「○○さんは上司の事上司の事どうおもいますか?いつも私が話してばっかり。この際だから言ってくださいよー」
いつも相槌ばかりだったので自分から答えるのは嫌だと思った私だが、彼女は私の答えを待つばかり。
困った私は
「あたり強いから好きじゃないかな。。。」
と答えた。これは事実で毎日理不尽なことで叱られることで嫌気がさしていたし、本当に好きじゃないと思ってた。
「そうですよね。○○さんいつも意味わからないことで怒られてますもんね。あれには私もうざいって思ってました。あっそういえば。。。」
とにっこり笑顔で私の意見に同情してくれたし、上司の話はそこで終わって別の話題になったから私もホッとしていた。
 
 週明けになり、また地獄の仕事に行かねばならないと思いながら出勤すると。
いつもと雰囲気が違い、私が挨拶をしてもなんか素っ気ない空気が流れていた。
「あれ?なんだろう」と思っていると同期が私に耳打ちで「なんか言ったの?やばいよ?!」
同期は全てを知ってるかのように。。。。
幸いにも仕事中はとてもバタバタしているので朝の素っ気なさも気にすることなく仕事を終えることができた。
帰りに同期に詳しい話を聞いて私はぞっとしたのである。
「何を言ったの?あの子に。○○すごい文句や悪口を彼女に言ったんだって?上司や彼女と私以外の人全てよ?」
ん?ん?ん?何のことだ私は何も言ってないし、いつも愚痴や文句を言うのは彼女であって私ではない・・・。
たった一回だけ上司の愚痴をいっただけなのにどうしてこんなことになるのだ。
彼女とあったことを全て同期に打ち明けると同期はわかってくれたのである。
「○○が言ってることは間違えなさそうね、わかった信用するから。私がなんとかしてみるね。」
同期は私にそう言ってくれた、信用されたことはほんと嬉しかったし、味方になってくれてるのは今では同期だけだと言う状況でその言葉はとても安心させてくれた。
あれから彼女から話しかけられることもなくなり周りから毎日風当たりがきつい中、仕事は仕事だと割り切って過ごしていた一週間。同期が応援してくれてそばで支えてくれるからまだ頑張れた一週間。何度も言うが同期って本当にありがたい存在だと思った。
 風当たりの強い日々は一カ月続き、同期の応援もありやってこれたのだったのが、ある日をきっかけに初めて「辞めたい」と思うようになった。
同期はこの一カ月間私を支えながら、調べていたのだった。
 本当に私が言ったのか?誰が周りに流したのか?
犯人がわかるまで同期は私にはそんな素振りも見せずに、日々応援と私は支えてくえてたのであった。
同期に呼ばれ会議室に行くとそこには、たった一回愚痴を言った彼女とその愚痴の相手の上司、同期がいたのである。
「私はここ一カ月調べました。裏も取りました。これが証拠の品です。○○さんがみんなの悪口や文句を言ったのは嘘です。」
と言い切り録音された音源を机の上に叩きつけたのである。その内容は彼女と同期の仲良い会話であった。
私は無視されてる間に同期は彼女に近づいてたのである、そして仲良くなったときに彼女にはかせたのである。
「私、○○さん嫌いなんです、私よりおばさんですけど綺麗ですし、お子さんいらっしゃって母子家庭で頑張ってます。的な態度がすっごいうざいんですよね。
 なんていうか上司に叱られてるのもいい気味だと思ってるんですよね。嫌いすぎて顔見るのもキモイんですよね。」
ぞっとした。私が嫌われていて、ここでも理不尽な理由で嫌いになられていることに・・・・。
「証拠があります、上司どのように考えてますか?」
証拠を突きつけて上司の答えを待った私達だったがこんな答えが返ってくるだなんて思ってもなかったのである。
「僕は何もいいません。聞いてません。○○さんが嫌われるからいけないんですよね。ったく人事もどうなってるんだか○○さんなんて採用するからいけないんだ」
私達は答えを聞きここが繋がってることに初めて気づいたのである。
そもそも最初から理不尽なことで叱られていたことも彼女は仕組んでた事で、上司は彼女の手の中にいたということを。。。。
返す言葉もなく愕然としていた私達をしり目に上司と彼女は笑いながら会議室を出て行ったのである。
その日は私もどうやって家に帰ったか、あれから同期と何を話ししたのか覚えていないほどのショックだった。
それから私は毎日仕事を辞めたい、ここから抜け出したいそんな一身で毎日を過ごすのであった・・・。
女の嫉妬とは怖いと初めて知った体験でした。

会社を辞めたい!がなかなか辞められなかった11年間。

何年も前になりますが、短大卒業後、大企業の子会社へ就職しました。
事務所にはあまり広くないフロアに約60?70人の社員が机を並べて
仕事をしており、忙しい時はかなり賑わっており活気がありました。
そんな会社に同期として入社したのは当時女性が6人、その後数年の間に二人退社し、
残ったのは4人になりました。
入社後の辛い時期をお互い励ましい、戦ってきた同じ年齢の4人は
団結しており他の社員からも、仲良し同期として見られていました。
よく4人で食事に行ったり、休日遊んだり、さらには旅行にも出かけていました。
ですが入社6年くらいした時、徐々に歯車が狂い始めました。
私が一番仲が良く、気を許してなんでも話していた仲良し同期の一人が
私が信頼して話していたことを、違う課の若い男性社員にペラペラと
話していたのです。其の事を私が知ったのは、自分の後輩から
私が会社に内緒にしていた事を言われたからです。
そこで後輩に誰から聞いたか教えてもらい、元は自分の仲良し同期だと確信しました。
普段は争いが嫌いな性格のため、怒ることもなく小心者の私ですが、その時ばかりは
裏切られたと思い、同期に秘密を流したかどうか聞いたところ、流した、と言われました。
ですが、彼女は軽々と秘密を他の社員に話したことは悪かった、と謝罪してきました。
普段気の強い彼女が謝ってくれたので、気持ちは落ち着きました。
ですがそれ以降、自分が疑問に思うようなことが多くありました。
彼女は自分より出来の悪い人間を落として自分をあげる言動が目立つなと長年付き合ううちに
見えてきてしまったのです。私は彼女よりあまりシャープではなく行動的ではなかったのですが
真逆の彼女とは気が合っていました。が、彼女は私の弱点を人前で攻撃し恥をかかせるような言動が
多くなってきました。最初のうちは自分が鈍臭いから。。と自分を責めて彼女と付き合っていましたが
辛くなってきて距離を置くようにしました。
その後は同じ課で働いていた他の同期と私、そして以前仲の良かった同期ともう一人の同期で
2対2で離れて行動するようになりました。
お互いに考え方が似ており、お互いに他の同期の嫌な面が共通して見えてきたことで
そんな気持ちで仲良いフリをするならばもう離れようと思い立ったからです。
お互いがそんな空気を読み取り、全く話さないようになりました。
そんな状態が3年ほど続いた頃、私は異動になり違う課に移りました。少なからず
あまり話したくない同期との関わりがある課になり憂鬱でしたが、でも仕事は仕事、割り切って
毎日必死に頑張りました。ですが結婚を考え始めていたことと母親の介護が必要になったことで
退社を決めました。一緒に行動していた同期も既に退社を考え始めており二人で最後まではげましあいました。
ですが不思議と他の別行動していた同期2人もほぼ同時期に退社していきました。
全く相談していたわけではないのに同時期に退社することは正直気持ちが悪かったです。
退社後は他の二人ともあっていません。ただ以前信頼し仲の良かった同期が退社する日、私に
半泣きで’色々とごめん”と言ってきた時は正直どうしていいかわかりませんでした。
今でも11年間の事は思い出しますが、社会で働きお金をもらうことの厳しさを
頭に叩き込まれる経験でした。

お給料がとにかく低い

私が会社を辞めよう、と本気で思ったのは、お給料が手取りで14万円をきったときです。
大学も卒業しており、もちろん遅刻や早退もなく、献身的に働いているのに、アルバイトみたいなお給料に、心底あきれました。
当時、社会人2年目でした。同期と比べても仕事はかなりできる方で、内定者時代からアルバイトもさせてもらっていたので、経験や知識は少し他の人よりもありました。会社も経験や要領の良さをかってくれ、いろいろな人手が足りない部署に異動させるなど、頼りにされているのは伝わっていました。
色々な部署を転々とした挙句、今まで存在しなかった事務の仕事を集約させる、ということで、2つの部署の事務仕事をそれぞれの課長から引継ぎました。
その結果、課長は新しい営業や現場の業務改善に取り掛かる時間が増え、今まで社内申請等の期限が守れていなかった部分も守れるようになりました。
現場の方たちの事務仕事も巻き取りました。結果、今までひと月で100時間以上残業していた現場が、36協定を守って早い時間に帰れるようになりました。
私も、たまに残業が長いこともありますが、基本的に定時の時間内に上がれるよう時間を調整しながら仕事を終えています。
にもかかわらず、13万円台って何事。と思いました。
私の会社は、基本給が24,000円です。そのほかに貢献給や業績給を足してやっと10万円くらい。そのほかの給料は残業代でできています。
つまり、どんなに仕事が早くても、残業しないとお給料がもらえないのです。なので、仕事が出来ないから遅い時間まで残っている社員の方がお給料が良いんです。長く働いている方が偉い、そういうように評価されているようにしか思えませんでした。
本当にやめてやろう、そう思いました。
ほかの会社で同じ内容量で働いて提示でかえって、基本給が21万円の会社にいって2か月分のボーナス貰った方がよっぽどいい、と思いました。
ボーナスも雀の涙です。
2万円くらいでした。一けた見間違えているのかと思いました。
決算賞与もその年によって出るときと出ないときがありました。出たとしても3万円くらいです。
家族サービスもなんも出来ないですよ。
しかも、長く続けていればお給料が上がる、というわけでもないんです。
続けていても1年で500円上がるだけです。
管理職になると、年俸制になるのでお給料は多少良くなりますが、休みはほぼ無し。
夜の23時からミーティングなど、お給料を上げるためだけには代償が大きすぎるんです。
しかし、まだこの会社を続けているのは、単純に人が良いからです。
こんなお給料じゃほんとにやっていけない、生きる気力を失う、辞めようと思う、と上司に正直に話したところ、なんとかしてお給料をあげよう。と現在も取り組んでくれていますし、実際に微々たるものですがお給料は上がりつつあります。
結構、言ったもん勝ちだなと思う点もあり、自分でできる仕事も増やして、お給料を上げてもらおうと思っているところです。

会社を辞めたいと思った時と上司との関係

私はどうしても会社を辞めたいと思っていました。とにかく毎日毎日深夜まで残業させられるからです。残業させられるのは強制的であって私の尊厳は尊重されません。どうしても帰りたいと言っているのに横で上司がどうなるんです。ですから私は会社をとても辞めたいと思って実際にやめてしまいました。私が一体何を悪いことしたんだというぐらいいじめ抜かれました。どうしてこんなひどい会社に入ってしまったんだろうと自分を恨んだこともありましたが、自分で決めて入社してしまった以上自分にも責任があるので仕方がありません。本当に大変な5年間でした。あの人さえいなければ私は今でも会社で楽しく働いていたと思います。そんな嫌な上司がいたせいで会社を辞めて無職になってしまったんですけど私だけが悪いのでしょうか。そうこうしているうちに年もとってしまい惨めな気持ちだけが残ります。私はどうしても稼ぎたい気持ちがあるのに体まで動かなくなってしまいました、そして私の気持ちはどこにも向けることができないままに時間だけが過ぎていきました。何をしても認められないような気がします。私の仕事は営業職だったんですけど、成績は悪い方ではありませんでした。むしろ良い方だったんですそれなのに上司にいじめられていました。単なる嫌がらせ単なるいじめそんな部類の体罰のようないじめでした。ですから私はそれから固く心を閉ざし会社を辞めてしまったんですけどそれまで至るまでも途中途中会社を辞めたい会社を辞めたいと心の中で思っていました。それは、もっと楽に生きたいとかもっと家でぶらぶらして痛いとかそういう気持ちもありましたね。もう少し稼ぎが悪くてもいいから休みが増えて欲しいとかもう少し休日が欲しかったんですけど、とにかく今となっては休日が欲しいからと言って休んでいますから常に休日ですね。休日も毎日になると休日でなくなってしまいます。何が休日の正しい使い方なんだろうと思うとやはり働いてる人にとって体を休めることではないでしょうか。とにかく会社を辞めたいと思ったら体を休めることです。会社を辞めるのはいつでもできるんですよね、それを私は感情任せにやめてしまったのですから後になって後悔がでてくるんです。あの時もう少し我慢すればよかったかなとかそういう感情もたまに出てきます。しかしあのままでは会社を長くは続けられなかっただろうなと今でも思っています。どうして人間関係がうまくいかないだろうと今でも悩みます。いじめられやすいというか弱い立場になりやすいです。会社で堂々としていられるタイプの人が羨ましくてたまらないです。私には何の取り柄もありませんからどうしてもいじめられてしまうのは仕方がないと思って諦めました。

上司の不倫を知ってしまった時。

死に物狂いで就職活動を行い、やっと勝ち取った内定。
地元では大きめの企業で、事務部に配属された。
事務部の直属の上司(Aさん)も人当たりが良く、明るい部署。
Aさんは少し派手だが美人でスタイルも良く、結婚して子供も1人いるがキャリアウーマン。営業部など、他の部署からの信頼も厚く、まさに私の憧れの先輩だった。
普段は優しいが、厳しいところは厳しくし、しっかりと私を育ててくれた。
入社から1年経ち、他部署とも気兼ねなく話せるようになった頃。
私は、営業部の先輩(Mさん)に惹かれていた。
Mさんは、優しくて、営業成績も良く、いつも職場を明るくしてくれるようなムードメーカーだ。
私より7つ年上だが、まるで同い年のように、いつも気さくに話しかけてくれた。
Mさんも、私のことを後輩として可愛がってくれているようで、仕事終わりに飲みに連れて行ってくれるようになった。
恋愛に発展するような会話には全くならなかったが、それでも私は、Mさんと過ごすのがとても楽しみだった。
ある日出社すると、なぜかAさんの機嫌が明らかに悪い。
常に怒った表情をしており、足音も心なしか大きい。
「おはようございます。」
声を掛けても、無視。まさか、何かミスをしてしまったのだろうか。Aさんのこんな態度を見たことが無かったので、青ざめる。
どうすれば良いか分からず、一先ず席について業務の用意をしていると、Aさんが近寄ってきて、耳打ちされた。
「今日の夜、空けといて。話があるから。」
今までに聞いたことのないような低い声で言われ、ゾっとする。
業務終了後、Aさんの所に駆け寄ると、近くのコーヒーショップに行こう、とのこと。
何が原因か全く分からず、足を震え上がらせながら着いていった。
コーヒーを注文し、席に着くなり、
「Mさんとどういう関係なの?」とAさん。
「先輩後輩以上の、何の関係もありません。」と即答する私。
「この間、飲みに行ってたでしょ。本当に何もなかったの?」とAさん。私の顔を除き込むように言った。
なんでそんな質問をするんだろう。
「本当に何もありませんし、私のことは”後輩”としか思ってないと思います。」と私。
「そうなんだ・・・。」Aさんは、明らかにほっとしたような顔をした。
「実は私、Mさんと1年半前から付き合ってるの。今後は、Mさんと職場以外で会わないって約束して。」とAさん。
Mさんと付き合ってる?旦那さんと子供もいるのに・・・不倫?!1年半前って、私が入社する前から?!
驚きと混乱で、頭の中がぐちゃぐちゃになっていたが、私に出来ることは「はい」と答える事だけだった。
次の日出社すると、いつものAさんに戻っていた。
昨日のAさんを思い出すと、恐ろしすぎて、絶対に逆らうまいと思った。密かな恋心より、部署内での人間関係の方が大事だ。
だが、「Mさんと職場以外で会わない」という約束で納得したはずのAさんだったが、日に日にエスカレートしてきた。
職場でも、Mさんと仕事の話以外するな。
営業部には極力近寄るな。
朝礼の時に、Mさんと目が合ってなかったか?目くばせしたように見えた。
Mさんと連絡を取っているのではないか?携帯を見せろ。
・・・など、どんどん私に対しての監視が厳しくなってきた。
やっと入社2年目になるのに、このままでは業務にも支障をきたす。
そればかりではなく、私の精神にも支障をきたしそうだ。
辞める以外に、Aさんから逃げる方法はないのだろうか・・・。
ちなみに、現在進行形で悩んでいる。

私が会社を辞めたいと思った出来事

私があるメーカーの工場に勤めていた時の出来事です。入社した当日から様子が気になっていたのですが、初日の朝礼の前に私は部長に呼ばれ「何処か他の会社の面接を受けたか。」と訊かれたので、私は面接を受けていたことを伏せて「いいえ。」と答えました。何故私に対してこの様な質問をされたのかについて最初は見当がつかなかったのですが、入社後に見当がつきました。私は朝礼の時に、工場の全員の前で紹介され、仕事に入りました。私が入社した1週間前に入社した者(以下 彼)がいたのですが、他の人は私の入社直後に私や彼を悪く言っていました。昼休みは何事もなく過ぎ、夕方は定時に退社出来ました。私は生産管理事務の担当でしたが、最初の間は現場で研修ということでしたので、現場での作業をしていました。入社2日後に彼が私が帰ろうとしていた時に呼び止め、その後は私は彼と昼休みや帰宅時は一緒に行動していました。私は、以前勤務していた会社よりも幾らかマシな会社に転職出来たと話した時に、彼は「自分はそうは思わない。自分は最初から拒絶されていた。」と話していました。彼は入社当日の昼休みに次長に食事に誘われたそうですが、私はその様なこともなかったので、私はそういう扱いなのかと少し気になりました。現場での研修が終わり、事務所での仕事を行う様になりましたが、ここからが大変でした。私は、比較的若手の主任からパワハラを受けていました。何かあると、10月だというのにも拘らずクーラーの冷風を直接当てたり、言い掛かりをつけられていました。その主任は、私と違い高卒だったのですが、現場の人の話では転職者に対して酷い態度で接することが多いという話でした。中には大企業の管理職だった人が転職してきた際に、酷い仕打ちを繰り返して短期間で追い出したこともあるそうで、私の様な者が鼻についているのではないかということでした。実際、その主任は勤務態度に問題があり、無断で遅刻することはしょっちゅうでしたし、時間があると現場へフラフラと遊びに行っていました。他人に厳しいだけの会社ということは入社後、頻繁に聞いていたのですが、他の事務職員も私に対して酷い言葉を浴びせるにも拘らず、自分達はいい加減にやっていても他からは何も言われず、私が間違いを指摘すると「ふん。」と言って不機嫌そうにしていました。件の主任は私や彼に対して「お前ら、何も知らない人が見たら、こいつがお前らを苛めている様にしか見えないぞ。」と何度も他の事務職員を庇う事ばかり言うので私は困っていました。また、私は現場で研修中に現場作業員の一人に「お前の住んでいる建物は、どの様な建物か?」と訊かれたり、「どうすれば、お前の部屋まで行けるのか?」と訊かれたりしていました。私は彼にその様なことがあったかどうかについて訊いてみたのですが、彼はその様なことは無かったと答えたので、私は奇妙に思いました。私は、件の現場作業員に住んでいるマンションの位置を教えていました。そして、現場でのパワハラが酷くなり退職したいと考えていた頃に、その現場作業員が仕事が終わった後に私のマンションにやって来ました。一緒に食事をした後に私のマンションまで車で送ってくれたところまでは良かったのですが、その現場作業員は私に「自分が変わらなければ他人は変わらない。」と言い、新興宗教の勧誘を始めました。「この新聞を購読しろ。」、「こんなにいい宗教はない。」、「こんなにいい話は他の人には教えない。」と言ってその宗教の信者の芸能人のビデオまで持って来ていました。そして「お前が田舎に帰れば済むだけの話だ。お前の家の近くのこの宗教の建物に行って、この宗教に入れ。」と2時間もしつこく車内で勧誘されました。私はたまりかねて「今日はご馳走様でした。」と言い外に出て自宅マンションに入ったのですが、以前勤務していた会社も新興宗教絡みで厄介だったのが、またしてもという感じで悔しかったです。毎日パワハラを受け、そして酷い勧誘とくればもう私はこの会社に居ることはないと考え、退職の意思表示を面接官だった総務課長にしました。総務課長は私と2時間話したのですが「この様なことになったのは初めてだ。」「あの事務職員らは、本社に以前居たが、本社では嫌われていた。」と話しました。工場の事務所で私が酷い扱いを受けていたのは、この会社に酷い者が集まっていたということだったのだろうと思いました。そして、私に親切にしてくれていた人は「私にもう一度戻ってきて欲しい。」と言って来たのですが、私は今迄の状況を説明すると「他の職場の方が自分を活かせる。」と言ってくれました。私が退職した後、彼は更に酷い扱いを受け、事務所から現場へ追い出されました。私に何度も「もう危ない。」と電話してきていましたが、結局彼も数か月で退職しました。私も数か月で退職した身ですが、もうこの様な人達に関わりたくありません。