聞いていた現場とは違う現場に回されて…

アラサー主婦、子どもはいません。
主婦にとって、パートを選ぶときに扶養範囲内で働くか、扶養をこえて働くかの境目は重要です。
範囲内で働くならあまり長時間の勤務、残業あり、のところは望ましくなく、扶養をこえてでもたくさん稼ぎたい場合は、こえればこれるほど収入になるので、逆に前述の現場が有り難くなったりします。
私は夫があまり長時間家を空けてほしくないという希望があるのと、夫の仕事がシフト制度で休みが急に決まったり変わったりするので、私もシフト制度で休みの融通がきく、短時間労働の職場を、ハローワークにて探しました。
みつけたのは社会福祉協議会関連の、保育施設にある厨房で、早朝6時から10時までの四時間勤務、週に3~4日のものでした。
「主婦・子育て中の主婦多数勤務中。シフト制度で休みに融通がきくので、気軽に相談できる職場です」とも書いてありましたので、また、保育施設であることから、もし子供ができても相談なんかもできたりするかも、という期待もあり、ここなら無理なく働ける、と、応募しました。
すると採用担当の方から、「この現場より、もっと人手不足で困っている現場があります。特別養護老人ホームの厨房で、この保育施設の厨房に入っている給食会社とおなじ会社ですので、そちらのほうに面接にきてください」と言われました。
特別養護老人ホームも近所ではありますが、自転車で20分はかかり、保育施設よりかなり遠くなるし、保育施設で働きたかったな…という思いがあり、希望とは違う会社から進められたような展開に若干納得いかない思いでしたが、とりあえず面接に行って決めることにしました。
面接では人事担当の方が相手で、衛生を要する現場なので数々の書類の提出、具体的には数々の企業情報守秘義務に同意の書類と、健康診断を受けて、その診断書の提出、自転車通勤であれば自転車で事故を起こした場合の、保険に入ること、その証拠書類も求められました。
その時点でめんどくさくなってきてしまいましたが、最初の作業着、靴代に自腹で3000円かかるのも、パートを探している身としてはなんだかつらく感じました。
それでも働いてもとをとればいいや、と、検便の結果異常がないことが確認されてから、面接から二週間ほど経過してから勤務が始まりましたが、現場のギスギスした雰囲気に息が詰まりそうでした。
早朝本来、300人分の食事の準備を、調理をする責任者さんをのぞくとパートの2人で行っていたのが、一人、今から入ったばかりの自分に、辞めるパートさんたちから引き継がれることになったようでした。
新人で、たった一人でこなせるわけがない量をなぜ…と、辞めるパートさんらに聞くと、「現場の責任者が気難しくて、パートがもたないから一人しか雇えないんだって」と…。
それでも、慣れたらなんとか一人で回せるようになりましたが、何度も責任者さんから作業が遅い、間に合わないと怒鳴られ、辞めようと思いました。
待遇改善を求めたり、もうやめます、とも言いましたが、そのたび新しいパートさんがきては一日や一カ月でやめていくので、結局引っ越しで現場を離れるまで、一人で数年現場を回しました。大変でした。

女性関係が派手な上司のもとで

30代主婦です。
数年前、病院の地下にある食堂で、調理補助の仕事をしておりました。
今思えば、仕事を探していた時に常に求人募集に掲載されていたことや、面接にいったときに、現場の責任者の方から「気難しい人がいて、いじめとかがもし…まぁないとは思うんですが、もしもあっても、あまり気にしないでください」と言われたとこなど、やめておいたほうがよい兆候はあったと思っています。
とりあえず至急仕事を探していたので、早朝6時に入って患者さんたちとデイケアの方々の食事作り、12時の昼食づくりに携わりました。
面接のときに言われた通り、食器洗いの場所には一人、ベテランでとてもマイペース、かつ気に入らないことがあったら手が出るのでは、というくらいの剣幕で怒るパートの方がいました。
まずその方とペアで、食器の洗浄をしていかねばならず、大変な気難しさで一週間ほどで耐えられなくなり、もうやめようかと他の社員さんに相談しました。
すると「あの人は誰にでもああだから。あなたにだけじゃないから気にしないで」といわれ、私も「気難しい人との接し方の勉強になるか」などと思い直し、もうしばらく様子を見ようと思いました。
パートさんがカチンとくるタイミングを経験から学んだり、なるだけ合わせるようにてきぱき動けるようになると、当たりのきつさがなくなり、むしろ信頼をおかれるようになりました。
パートさんがたたきつい人というわけではなく、仕事がとてもできるので新人を見ていてやきもきしていたんだと気付きました。
問題がなくなり、働きやすくなったのもつかの間でした。
社員さんで調理担当の方が、ちょくちょくセクハラ発言をするのを、本人の口もしくは周りのパートさんのうわさから、聞くようになりました。
具体的には「職場に、可愛い女の子入ってこないかな」とため息をついたり、聞いていて気分が良いものではありませんでした。
しかし男性で少し抜けているようだし、それくらい言うか、と流していましたが、ある日女子大生のアルバイトの子が「あの人気持ち悪くないですか?」と、更衣室で話しかけてきました。
聞くと、件のセクハラを疑われている上司が、「あの人、会社が休みの日なのに私がバイトを終えるのを入り口で待ってたんです。で、メアドを交換させられて。仕事だし仕方ないかと断れなかったんですが、上半身の裸の写真とかが写メールで送られてきたり…あなたは、なにかされてませんか?」と…。
これで上司の不愉快な感じが決定的になってしまいました。
それからは発言がすべて不審に思えて、会社をやめようかと思い、さらに上の上司に改善を訴えようと思いましたが、「あの人は治らないから」といわれ、会社の社風がそんなかんじなら仕方ない、と、私は結局転職しました。

決断力がない上に、嫌がらせをしてくる上司

決断力のない上司がいて、以前から頼りないなとは思っていました。でも、話は聞いてくれるし、ある程度仕事を任せてくれるので、まあいいかと軽く考えていたのですが…
2か月ほど前に、この上司に呼ばれました。新しいプロジェクトを始めるという内容でした。「(私の直属の)上司は私が説得するから、たたき台を作ってくれ」と言うのです。この新しいプロジェクトは、なかなか良いものでしたので、反対する理由もなく、素直に引き受けました。少し経ってから提案書と言う形で資料を作り、職員の全体会議の時にこれを配り、説明しました。
ところが、この提案してきた上司がどこかソワソワしています。ちょっと不安を感じたので、このプロジェクトは進めて良いのですよね?と確認したところ、びっくりするような返事が返ってきました。それは、私がもっと前に始めていた別のプロジェクトを中止し、その代わりとしてこのプロジェクトをやってほしいという内容でした。
以前からのプロジェクトが失敗しかけていたとか、反対意見が多数あったとか、理由があるならまだ理解できます。しかし、以前からのプロジェクトはうまくいっていましたし、反対意見どころか、賛成意見の方が多数を占めています。なのに、色々理由をつけてこの以前からのプロジェクトをやめてほしいの一点張りなのです。そして、最初に新プロジェクトの話をした時、伝え方が悪かったのか通じていないようだけれど、そういうことだから、と言うのです。
普段は温厚な私も、さすがに頭にきました。実は最初に呼ばれた時、やっぱりこの上司はどこかソワソワしていたので、以前からのプロジェクトを続けたまま、この新プロジェクトに着手して良いのか確認をとっていたのです。はっきりと「続けて良し」と言っていたので、安心して新プロジェクトに着手したのです。それが手のひらを返したように、この言いぐさです。頭にこないほうがおかしいのではないでしょうか。自分の足を自分で引っ張るようなことをさせられていたのですから…
何を話しても、どう抗議しても、以前のプロジェクトはやめてくれと譲りません。そもそも、この以前のプロジェクトは、「私には決めかねるから、もっと上の人に決済してもらって」と言って始まったものなのです。そうやって責任を放棄したくせに、今になってやめろというのは、そもそも筋が通らないではないですか。
会議は平行線のまま終わり、その日はそのまま帰ったのですが、帰ってからも怒りは募るばかりでした。居ても立っても居られなくなり、この上司の、更に上司の家に押しかけてすべて事情を話し、このもっと偉い人に決済してもらうよう頼みました。
次の日、このもっと偉い人は緊急会議を開いてくれ、一通り事情を確認した後、「せっかくやる気があってうまくいっているプロジェクトをつぶすようなことはするな」と一喝してくださいました。大変ありがたかったです。
この件がもし通らなかったら、会社を辞めるつもりでした。何も間違ったことをしていないのに、自分の足を自分で引っ張るようなことをさせられて、うまくいっているプロジェクトを潰される。そんな職場ならいる価値はないと思ったのです。
今回は事なきを得ましたが、次回はどうなることやら…先が思いやられます。

上司からのメール

中途採用され、働くことになった会社ですが、就職した当時から合わないと思っていた上司がいました。
私のことが気に入らないのはわかるのですが、入社当時から同時採用された子に対する態度と私に対する態度が明らかに違い、イラっとすることも多々ありました。
残業が当たり前の業界なのですが、私は自分の仕事を終わらせ、他の職員よりも早く帰っていました。それが気に食わなかったのだと思います。
入社当初、初めての業種ということもあり、先輩に仕事内容を教えてもらいながら合間は雑業をする毎日でした。
私は同僚よりも仕事が早く、空いた時間で上司の仕事の手伝いをすることになったのですが、上司の仕事が遅く、私がほとんどこなしていました。そして、気づいた時には担当にされていました。
任せてくれたことは嬉しかったのですが、その頃から深夜まで残業をしている上司が毎日何をしているのか疑問に思い、ますます尊敬できなくなりました。
ある日の朝、いつものようにパソコンを開くと、上司から一件のメールが届いていました。
開けてみると、前の日私が提出した資料にミスがあったとの指摘の後に、「早く帰るなら与えられた仕事くらいきちんとこなしてください」との一言。
仕事のミスと私が早く帰ることは関係ないと思ったのと同時に、話せる距離いるのにメールで指摘してきたことに対してすごく腹が立ちましたが、私がミスをしたのだからしょうがないとも思いました。仕事を疎かにしているつもりがなかった私は、もう一度その資料を見直しました。しかし、そこに上司から指摘されたミスはありませんでした。
怒りマックスの私は、上司のところまで行き間違っていないことと、メールで指摘するなんて大人としてあり得ないことを伝えました。
すると上司は、私の説明を聞き流して理解していないにも関わらず、「それならいいけど、気をつけて」と言ってきました。
その瞬間、「辞めてやる!」と思いました。その日一日私の怒りはおさまることはなく、先輩に上司からのメールを見せて辞めたいと話しました。先輩は私を引き止めてくれ、支店長にもメールの一件を伝えてくれました。お金が必要だったわたしは、先輩の優しさに助けられ、なんとか仕事を続けることができました。
思い出したら今でも腹が立ちます。その後も、「早く帰るんだったら他の人の仕事手伝え」と言われましたが、その都度先輩と支店長に言って腹の虫をおさえてきました。
また、我慢できないようなことを言われたら訴えようと思ってそのメールを保存していましたが、昨年末に上司が他の会社に移ることになって使い道がなくなりました。今は何のストレスもなく、のびのびと自分の仕事をしています。

トラックドライバーの過酷な勤務と実態

トラックドライバーというのは過酷な勤務があるものです。どんな勤務かというと深夜に出て行き次の日の明け方に帰ってくるなどということもありますので労働時間が20時間を超えてしまうといったようなこともたくさんあるのです。トラックドライバーの仕事は、誰にでもできそうなイメージかもしれませんがやはりトラックを乗るスキルが重要になってくるため、なかなかいきなり初めてできるようなものでもありません。2トンから乗り始め4トンにステップアップその次に大型となるのが普通です。の上にトレーラーがありますけどトレーラーまで、ステップアップするためには本当に長い時間がかかります。私の会社は深夜に出て明け方に帰ってくるということが多々ありますけど、私の会社ではそれが当たり前となっているのでそんな時に会社を辞めたいと思っています私の会社は、非常に過酷な労働日数があり、全く休むことができませんそんな時に会社を辞めたいと思ってしまいます。私は会社を辞めたくてどうしようもないのですがやはりお金のためにどうしようもありません。会社が辞めたい会社が辞めたいそんな日を待っていても会社を辞めることができない限り私は苦痛から解放されないのです。トラックのドライバーと言えば、やはり過酷な勤務というイメージがつきまとうのではないでしょうか。私の会社も例外ではなくやはり過酷な勤務で有名な会社でした。周囲にはもっともっと楽な勤務体制の会社もあったので、私はもっとそのような会社に入りたいと思っていましたが、当時結婚して娘が生まれたばかりでしたので張り切って頑張るほかありませんでした。周囲に頑張れ頑張れと言われても私の体は限界にきており食事も現場現場の間で、カップラーメンをすするようになっていました。食事の時間も満足にとることが出来ない仕事の中であたしはストレスがmaxになってしまいました。頭もはげてきて、悲しくなる一方です。早く家に帰りたいそう思っても私は東北の中を雪道のなかを走っていたり長野走っていたり、神奈川果ては北海道までも行きました。高速道路で覆面パトカーがたくさんいる中気を使いながらなるべく急いで配達しなければなりません。当時は80キロ規制などはありませんでしたから、なるべく急いで現場へ向かうのが普通です。そんな中私は居眠り運転惜しそうになり恐怖を感じて会社を辞めたいと思いました。私の会社は居眠り運転で事故で死んでいる方がいらっしゃったので私もそのようにならないように気を付けなければと気を引き締めて運転をしておりましたが、事故を起こすときは事故を起こしてしまうものですから私は早くトラックドライバーを辞めたいと思っていました。そんな中私は条件の良い会社に出会いトラックドライバーを辞めなくてもほかの会社にステップアップしていこうと考え、そんな中私は条件の良い会社に就職しました。ですからトラックドライバーを止めることはできなかったんですけどそれでもトラックドライバーを辞めたい辞めたいと思いながらトラックドライバーをしていました。上下関係も厳しい会社でしたから突然怒鳴られたりすることもあって私は会社を辞めたいと思うことがとても多かったです。もっとゆっくり食事をしたいとか、もっと早く家に帰りたいとかそんなことばかり考えていましたのでよく事故を起こさなかったものです。

トラックドライバーを早く辞めたい

私はトラックドライバーです。トラックドライバーの勤務は過酷なもので、深夜から翌朝まで続くことが多数あります。私の仕事は、深夜に出ていき翌朝まで長引くような長丁場の仕事ですから、非常に過酷で睡魔と戦うことになります。そんな時私はヘビースモーカーになってしまいました。トラックドライバーのせいでヘビースモーカーになるなんて思いもよりませんでした。タバコを吸っていないととにかく眠気に襲われて大変なことになるのです。タバコを吸っていれば何とか仕事ができる、そんな気持ちになっていました。タバコもやめたいしトラックドライバーもやめたい健康的な生活ってどんな生活なんだろうと悩むようになりました。しかし私は10年のトラックドライバー生活の中でやはり過酷なドライバースケジュールを組む内勤の人たちに対して若干のストレスを感じていました。もう少しゆとりを持ったスケジュールを組んでもらいたいそのような考えが頭をよぎり、残業代は支払ってもらえないし少し遅刻しただけで本当にうるさいし不満だらけでした。私は毎日の生活がガタガタに崩れてしまったのがトラックドライバーの仕事をしていたからだと思っています。当時結婚して結婚したら娘ができてその時に仕事量を2倍に増やされたんです。おそらく結婚して子供ができたから、会社を辞めないと思ったのでしょうか突然仕事量を2倍に増やされました。そんな2倍に増やされた仕事私は淡々とこなしていましたけど今考えればばかばかしいことだったと思っております。それからすぐに体のことを心配してその会社は退職しました。どう考えても2倍の仕事を普通にこなしていくのは無理です。私は、どうしてもお金が必要でしたから残業量について上司に相談しました。しかし上司は掛け合ってくれず、私の仕事量を増やす一方で、残業代の支払いには応じず私はとうとう労働基準監督署に電話をかけました。そして会社との折り合いがつき残業代を支払ってもらうに至ったのですがあれから上司のいじめがひどくなり私は会社を退職しました。現在は違う会社で働いているので居心地が良いのですがその会社には散々トラブルを引き寄せられたと思っております。普通に考えて残業量仕事量を2倍に増やすなんておかしいとしか言いようがありません。結婚したとか娘ができたとか子供ができたのかそういった弱みにつけこんで仕事量を増やす最低な会社だったと思います。おとなしい人だったらずっとそれで続けていくのでしょうか。私はとてもじゃないけど体のことが大変だったのでどうしても無理でした。トラックドライバーの仕事をしていく上で、非常に過酷な勤務が続きますから、体のことは人一倍気をつけて行かなくてはなりません。自分の身は自分で守らなければならないということです。

飲食店の店長を辞めようと思ったとき

私は、新卒で飲食業界に就職しました。
選んだ理由は、「若くして店長になれるチャンスがあること」と「店舗運営のノウハウを学べること」が大きな理由でした。
自分で思い描いていたように、新卒2年目で1店舗を任せてもらうことができました。
小さく、また郊外の店舗であったこともあり、チェーン店でありながらも多少の工夫等も容認いただき、様々なチャレンジをさせてもらいながら、失敗も成功も体験させていただいた貴重な時間であったと感じています。
正直なところ、時間外労働も多く、休日出勤も多々あり、巷では「ブラック企業」と言われるような働き方をしている時期もありましたが、私個人としては売り上げが伸びていったり、アルバイトスタッフの成長を目の当たりにできることも多く、充実した時間で、とても良い経験をさせてもらったと思っています。
また、そのような働き方をしてしまっていたのには、私自身の未熟さもあり、周囲にヘルプを出せなかったり、店舗の運営として適切な人員の確保や育成という部分が未熟であったなと反省することの方が多く、適切な働き方をするために店長は何をすべきなのかということも考えさせられる経験でもありました。
そのような中で、なぜ会社を辞めたいと思ったかといいますと、「チェーン店という枠の中では裁量の範囲が限られてしまうこと」と「飲食店の店長というのは外部の方との接触が少なく、業務上において磨いていける社会人スキルが限られてしまう」と感じた時です。
早い段階で責任のある仕事を任せてもらえる、経験できるという点においては本当にその通りだったのですが、仕事に慣れてくるに連れて少しずつ社会を知り、他のことに興味が出てきてしまったという感じです。
就職活動をする際に、目先のことしか見えていなかったというのが、私自身の反省ではあります。
結果的には、その半年後ぐらいに退職してしまうのですが、不満だけを言うだけではいけないと思い、その間も私なりの販促方法や近隣への営業活動等に精を出すようにしてみました。
しかし、店長になってからというもの、あまり苦労をせずにそれなりの成功体験を味わうことができてしまったこともあり、店舗異動というような刺激はありましたが、基本的な業務はどこの店舗に行ってもあまり変わりはなく、毎日のルーティンにも刺激がなくなり、営業職にチャレンジしてみようと思い退職しました。
辞めたら社会人としての経験を積む中で、新たにチャレンジしてみて得られることと、同じところに留まることでしか得られないこともあるということを学びました。
いまだったら、もっとこんなことができるなとか、こんな風にキャリアを考えていけることもあったなと感じることもあります。
いまはその思いから、キャリアコンサルタントの資格を取得し活動しています。

マタニティーハラスメント

正社員として、1人目の育児をしながら働いていました。2人目の妊娠が発覚し、初期は妊婦ということで、重い物の運搬などの作業を軽くしてもらったり、つわりがひどい時には一時的に産婦人科で点滴を受けさせてもらうため、中抜けをさせていただいたり、本当に理解のある職場だと思っていました。職場としては、上司も同僚もとても良い方ばかりで、働きやすいと感じておりました。妊娠6ヶ月を過ぎ、安定期に入ってから、急激に職場の居心地が悪くなっていきました。同僚の態度は特に変化はなく、心配をしてくださる方もいました。問題は同僚ではなく、社長及び役職の方々でした。仕事中に応接室や会議室への呼び出しがかかり、社長や上司、総務などが口々に「2人育児をしながら、正社員で働くのはすごく負担がかかると思うよ。」「子どもが病気になったら、休んだりされたら困るよ。」「1人だけのときでも、子どもの病気で有給を使ってたのに、2人になれば苦労が数倍になるよ。」などと、2人育児と仕事の両立について、しつこく言うようになってきました。2人育児と仕事の両立が大変だということは承知の上で2人めを妊娠しましたし、言われ始めた初期は、「大丈夫です。頑張ります。」と言って、かわしていましたが、その話は多忙な時間もされるようになりました。そして、もうすぐ産前休業に入ろうとしている時期に部署異動を命じられました。入社して、一年目で異動して、数年間同じ部署で仕事をしていたため、他部署の仕事に関してはあまり詳しくもなく、異動した先で任される仕事も、アルバイトやパートでもできるような簡単で単純な作業ばかりでした。異動してからも2人育児の大変さを言われることは続きました。理解のあった同僚も部署異動により、あまり理解のない上司や同僚になり、産前休業を本当に指折り待つようになりました。ボーナスの際も、妊婦だからサボっているというニュアンスを含んだ査定をされました。また、産前になり、入社当時からお世話になっていた、女性の社員の方にまで2人育児の大変さを言われるようになりました。本当にお世話になっていて、信頼していた方からの言葉は本当に辛いものでした。産前休業に入り、もう小言を言われることはないだろうと、高を括っていましたが、産前に入っても電話や突然の呼び出しで会社からのマタニティハラスメントは終わりませんでした。出産前の一番体重が増える時期になり、あまりの痩せ方に産婦人科のお医者様からストレスで痩せているのであれば、胎児によくないと辞めることを薦められることもありました。結局、出産は問題ありませんでしたが、ストレスで胎児に何かあれば、会社を訴えていたかもしれません。

上司に恐怖を感じた日

私の仕事は、電話営業でした。
その時にはたくさんの方に電話を掛けて、商品を売るのが仕事でした。
一人一人にノルマがあって、それを達成出来ないと帰れない。そういう暗黙のルールがありました。
私が仕事を始めて、ノルマ達成に毎日苦労してましたが
なんとか達成しておりました。
ですがある日、わたしはノルマを達成出来ずにいました。
まだ新人だった私は、謝れば許してもらえるだろうと。
もしくは残って頑張れば問題ないだろうと、甘い考えでいたのです。
いきなり上司に呼び出され、何だろうと思ったら
いきなり目の前の机の上にあった電話機が飛んできました。
私はびっくりしまししが、運動神経だけはあったので
何とか当たらず避ける事が出来ました。
ですが、いきなりの事に動揺が隠せませんでした。
そして、「お前やる気あるのか?」と聞かれました。
私は何も言えず、固まってしまいました。
なんて言ったら良いんだろう。何が正しいのだろうと
正解を探してましたが、混乱してなかなか答えが見つかりませんでした。
そして、どうしようと固まっていた次の瞬間。「やる気がないなら帰れ」と
言われました。
この場から立ち去って良いんだ、そう思いました。
そして私はこの場を立ち去りました。
他の先輩方から、携帯に連絡が入り、大丈夫か?と
心配してくれましたが、私は大丈夫としか返事出来ませんでした。
その後に、上司から悪かったと連絡が来ました。
ですが恐怖で連絡を取る事も出来ずにいました。
このまま仕事を辞めたい、もしくはあの部署から異動したいと思ってしまいました。
次の日、私は会社を休みました。
怖くて怖くて、たまらなかったのです。
そうしているうちに、3日立て続けに休んでしまいました。
その後、管理職の方から連絡が入りました。
どうしたの?と言われ、最初は何も言えずにいました。
ですが、とても優しい方で、
「あなたを助けてあげたいから。悩みがあるなら言って。」と言ってくれたのです。
それに私はすごく安心して、涙が止まらなくなりました。
その後、私は怖かった出来事を話しました。
聞いた方は、まさかうちの上司がそんな人だとは思ってなかったのか、とてもびっくりしていました。
ですか、私の気持ちを察してくれて、異動を進めてくれました。そして、私もその上司と関わることはない職場で再スタートをさせてもらいました。
噂では、元上司は他の方にも同じような、暴力的な行動が散見されたらしく、会社を辞めた様です。
ストレス社会と言われるこの世界で、誰もがイライラが溜まっているのだとは思います。
もちろん、怒りたくなる時だってあるのも、仕方ないとは思います。
ですが、叱り方を間違えては欲しくないなと感じた瞬間でした。

上司の付き合いに疲れました

私は、証券会社の営業をしていました。地方の支店だったため、営業職の中にも全国転勤を伴う社員と伴わない社員がいました。
前者は、出世を狙う男性社員がほとんどで、2年から3年おきに転勤があります。つまり、上司がたびたび変わるわけです。
私が結婚した年に転勤で来た上司・係長が最悪でした。それまでにも上司は何度か変わりましたが。
新しく来た係長は、単身赴任のため、借り上げ社宅に一人住まい。寂しいからでしょう、毎晩のように部下に「飲みに行こう」「飯食いに行こう」と誘ってきます。
最初は、歓迎の意味と見知らぬ地でお店も分からないだろうと、部署のみんなで付き合っていましたが、それが毎日のように誘われるようになり、みんな嫌気がさし始めました。
いつの間にか仕事に行くことよりも、仕事後の上司の付き合いの方が苦痛になり、仕事が終わる時間が近づくにつれ、気分がブルーになっていきます。
係長が出張や研修の日がどれほど嬉しかったことか。しかしながら、そんな日はほとんどなく、毎日断る理由を作るのに必死でした。仲良しの同僚とロッカーで断る理由を話し合ったこともありました。
係長も私たちが、”いやいやながら付き合っている”ということに勘付き始めたのか、「今日の反省会をするぞ」「来月の目標を考えるぞ」などと仕事の延長であるかのようなことを言って誘ってきます。
食事の場で、仕事の話をすることもありましたが、ほとんどは上司の自慢話と私たちを馬鹿にしたような話ばかり。
私が、「新婚なので早く帰らせて下さい。」と言うと、「お前みたいなうるさい女房がいない方が、夫は幸せに決まっている」とか、まだ結婚していない私の同僚には、「性格が悪いから」や「仕事もできないのに、男もできないのか」などと言ってきます。
とにかく性格も口も悪い係長でした。
係長を褒めてご機嫌をとり、ただ疲れるだけの食事会。まるでキャバクラで働いているかのようでした。お金をもらってでも、この係長の相手はしたくなかったですが。
新婚の私の頭の中には、仕事が終わったらすぐに帰宅して、手料理を作り、夫の帰りを待つという理想がありました。
もちろんそれが叶えられないどころか、いくら上司の付き合いといっても、飲んで夜遅くに帰宅する妻を喜ぶ夫なんていません。喧嘩になる日もありました。
「このままでは、だめだ」「この係長のせいで新婚生活をめちゃくちゃにしたくない」と思い、仕事を辞める覚悟をしました。
係長に直接「あなたのせいで辞めます」とは言えませんでしたが、支店長や本社の人事には、理由を話しました。
私は、結婚をしていて、夫の稼ぎで食べていけるので辞めるという選択をすることができましたが、あの係長に苦しむ同僚のためには何か行動を起こそうと決めていました。
私が辞めた後の人事異動で、その係長は、異動になったそうです。辞めたことに悔いはないと問われると、全くないわけでもないが、すっきりしました。