あまりに返事の連絡が遅くて仕事に支障が…

私は在宅で働く主婦です。
出版社から依頼されて漫画を原稿にかいて納品するという、細々とした漫画家業をしていて、周りの会社などに出勤して雇用契約を交わす仕事とは違うので、周りの人に話しても想像されにくい仕事内容ですが、自分の思い描く世界を表現できたり、それなりにやりがいや楽しさがあります。
その反面、大変な売れっ子でもない限り、出版社とのお金をいただいての専属契約や、保険などもなく、いつ切られても仕方のない業種で、いわば非正規労働、もっといえば連載を持っていない限り依頼があれば働けるので、月雇い、日雇い労働のような感じにも思います。
漫画家はデビューすると、出版社の中の編集者さんが担当者としてつき、作品をかいてその雑誌で発表する上でのアドバイス、修正点などを指摘頂きます。
その方との相性や話次第で、話がどんな方向にも展開されていったり、人気不人気も左右されたりするといわれています。
ただ私は、アドバイスをいくら受けても、最終的に描くのは作家本人なので、全ての責任は作家である自分にあると考えています。
担当者の方とのコミュニケーションがスムーズなら作品の進行状況もスムーズにいきますが、作家一人に一人担当者さんがつくわけではなく、小さな出版社であればあるほど、一人で何十人と抱えておられたりします。
なので仕事の依頼があり、話の提案をするも返事が締め切りギリギリまで来ないことは一度や二度ではありません。
仕方がないことなのですが、そのたびに「自分は作家として重要視されてないんだな」と気持ちが落ち込んだりします。
一番きついのは、締め切りギリギリで全部ボツ、一から考え直すことを言われたりすることです。
全部ボツ、なら、目を通して一言メールで言えるだろうに、もっと早く言ってくれたら…と思いながら、あまり練られていない話を無理やり仕上げたこともあります。
あまり外に出て人と接する仕事が好きではなかったですし、在宅での仕事ならあまりコミュニケーションを重要視されないと思っていましたが、逆で、お互いの顔が直接見えず、ほぼメールか電話のみでのやりとりになるので、上手に担当さんの意図を受け取ったり、自分の意図を伝えることができる能力が必要だと感じました。
在宅で自分の内面に向かう仕事と共に社交能力も高く、上手に編集さんと二人三脚できるようにはなかなかなれず、お互いの意図がどんどんずれてしまい修正不可能にまでなったように感じた時、この仕事は向いていないと、やめようとおもい、編集さんに「体調不良なので治療に専念します」と原稿に手紙をそえて、やめようとしました。
自分への返事の連絡もどんどん遅くなっていたのと、新人さんがどんどん出てきているから、そろそろ掲載されなくなるかもしれない、と言われていたのもあり…。
手紙を出すと電話がかかってきて、具体的にどのような不調か、など聞かれて、ほとんど何も聞いてこない方だったので、「まだ少しは必要とされているのかな」と思い直し、今もとりあえずつながりがある限り、依頼にこたえて読者さんに楽しんでいただきたいと思っています。

聞いていた現場とは違う現場に回されて…

アラサー主婦、子どもはいません。
主婦にとって、パートを選ぶときに扶養範囲内で働くか、扶養をこえて働くかの境目は重要です。
範囲内で働くならあまり長時間の勤務、残業あり、のところは望ましくなく、扶養をこえてでもたくさん稼ぎたい場合は、こえればこれるほど収入になるので、逆に前述の現場が有り難くなったりします。
私は夫があまり長時間家を空けてほしくないという希望があるのと、夫の仕事がシフト制度で休みが急に決まったり変わったりするので、私もシフト制度で休みの融通がきく、短時間労働の職場を、ハローワークにて探しました。
みつけたのは社会福祉協議会関連の、保育施設にある厨房で、早朝6時から10時までの四時間勤務、週に3~4日のものでした。
「主婦・子育て中の主婦多数勤務中。シフト制度で休みに融通がきくので、気軽に相談できる職場です」とも書いてありましたので、また、保育施設であることから、もし子供ができても相談なんかもできたりするかも、という期待もあり、ここなら無理なく働ける、と、応募しました。
すると採用担当の方から、「この現場より、もっと人手不足で困っている現場があります。特別養護老人ホームの厨房で、この保育施設の厨房に入っている給食会社とおなじ会社ですので、そちらのほうに面接にきてください」と言われました。
特別養護老人ホームも近所ではありますが、自転車で20分はかかり、保育施設よりかなり遠くなるし、保育施設で働きたかったな…という思いがあり、希望とは違う会社から進められたような展開に若干納得いかない思いでしたが、とりあえず面接に行って決めることにしました。
面接では人事担当の方が相手で、衛生を要する現場なので数々の書類の提出、具体的には数々の企業情報守秘義務に同意の書類と、健康診断を受けて、その診断書の提出、自転車通勤であれば自転車で事故を起こした場合の、保険に入ること、その証拠書類も求められました。
その時点でめんどくさくなってきてしまいましたが、最初の作業着、靴代に自腹で3000円かかるのも、パートを探している身としてはなんだかつらく感じました。
それでも働いてもとをとればいいや、と、検便の結果異常がないことが確認されてから、面接から二週間ほど経過してから勤務が始まりましたが、現場のギスギスした雰囲気に息が詰まりそうでした。
早朝本来、300人分の食事の準備を、調理をする責任者さんをのぞくとパートの2人で行っていたのが、一人、今から入ったばかりの自分に、辞めるパートさんたちから引き継がれることになったようでした。
新人で、たった一人でこなせるわけがない量をなぜ…と、辞めるパートさんらに聞くと、「現場の責任者が気難しくて、パートがもたないから一人しか雇えないんだって」と…。
それでも、慣れたらなんとか一人で回せるようになりましたが、何度も責任者さんから作業が遅い、間に合わないと怒鳴られ、辞めようと思いました。
待遇改善を求めたり、もうやめます、とも言いましたが、そのたび新しいパートさんがきては一日や一カ月でやめていくので、結局引っ越しで現場を離れるまで、一人で数年現場を回しました。大変でした。

女性関係が派手な上司のもとで

30代主婦です。
数年前、病院の地下にある食堂で、調理補助の仕事をしておりました。
今思えば、仕事を探していた時に常に求人募集に掲載されていたことや、面接にいったときに、現場の責任者の方から「気難しい人がいて、いじめとかがもし…まぁないとは思うんですが、もしもあっても、あまり気にしないでください」と言われたとこなど、やめておいたほうがよい兆候はあったと思っています。
とりあえず至急仕事を探していたので、早朝6時に入って患者さんたちとデイケアの方々の食事作り、12時の昼食づくりに携わりました。
面接のときに言われた通り、食器洗いの場所には一人、ベテランでとてもマイペース、かつ気に入らないことがあったら手が出るのでは、というくらいの剣幕で怒るパートの方がいました。
まずその方とペアで、食器の洗浄をしていかねばならず、大変な気難しさで一週間ほどで耐えられなくなり、もうやめようかと他の社員さんに相談しました。
すると「あの人は誰にでもああだから。あなたにだけじゃないから気にしないで」といわれ、私も「気難しい人との接し方の勉強になるか」などと思い直し、もうしばらく様子を見ようと思いました。
パートさんがカチンとくるタイミングを経験から学んだり、なるだけ合わせるようにてきぱき動けるようになると、当たりのきつさがなくなり、むしろ信頼をおかれるようになりました。
パートさんがたたきつい人というわけではなく、仕事がとてもできるので新人を見ていてやきもきしていたんだと気付きました。
問題がなくなり、働きやすくなったのもつかの間でした。
社員さんで調理担当の方が、ちょくちょくセクハラ発言をするのを、本人の口もしくは周りのパートさんのうわさから、聞くようになりました。
具体的には「職場に、可愛い女の子入ってこないかな」とため息をついたり、聞いていて気分が良いものではありませんでした。
しかし男性で少し抜けているようだし、それくらい言うか、と流していましたが、ある日女子大生のアルバイトの子が「あの人気持ち悪くないですか?」と、更衣室で話しかけてきました。
聞くと、件のセクハラを疑われている上司が、「あの人、会社が休みの日なのに私がバイトを終えるのを入り口で待ってたんです。で、メアドを交換させられて。仕事だし仕方ないかと断れなかったんですが、上半身の裸の写真とかが写メールで送られてきたり…あなたは、なにかされてませんか?」と…。
これで上司の不愉快な感じが決定的になってしまいました。
それからは発言がすべて不審に思えて、会社をやめようかと思い、さらに上の上司に改善を訴えようと思いましたが、「あの人は治らないから」といわれ、会社の社風がそんなかんじなら仕方ない、と、私は結局転職しました。

残業の多い会社

とある税理士事務所で働いて確定申告や年末調整の時期は忙しいのは覚悟していたがこれほどまでとは思いもしませんでした。大体12月くらいから忙しくなり5月までは残業続きで家に帰るのも、夜の7時、8時でした。ずっとこの調子で仕事が長引いていました。そして、もっとも忙しい月になり、朝の8時から朝方の5時まで残業しました。5時に帰ったあと、眠りにつきそして上司の人から連絡が来て「午後から出勤かも」という内容でまた、眠りにつきました。また上司から連絡がきて「今日は休みになりましたので」と連絡が来ました。
暇な時期6月に入っても残業は続き、今度は仕事の残業ではなく、上司の付添いの残業でした。私の仕事は終わりましたが上司の許可が下りないと帰れない状況が続きました。上司も仕事ではなく私用で出かけることが多く、それを待っている状態の残業です。上司が帰ってきてようやく帰れるとおもいきや、上司の仕事の手伝いでなかなか帰ることができないのです。土曜日も12時に退社なのに他の先輩達は早く帰って私は、18時くらいまでかかったこともありました。
もう、精神的にも苦痛になり、仕事に行くことが嫌でたまらなくなりました。人間関係は家族みたいな感じでよかったのですが、残業が続いてしまうと精神面が壊れてしまいました。上司とぶつかってしまったり、反発にものを言ってしまったり、本来の自分じゃないような気がしてきました。このままでは、会社の人に迷惑がかかると思い、忙しい時期に申し訳ないと感じながら退職しました。精神面が壊れると「辞めたい」という気持ちが押さえつけられなくなり、結果的に退職せざるを得ないのがわかりました。どう頑張ったって難しいのと残業が続いてしまうと疲れてしまって辞めたい気持ちに陥ります。好きな仕事でも残業が続くことによってそれがストレスに感じることもあります。そこの会社はブラック企業といっていいほどサービス残業です。しかも私用で部下を残業させるのはやめる原因だと思います。確定申告や年末調整で残業が多いのは、覚悟していましたが、これほどとは思いもしませんでした。ほかの税理士事務所がこれほどの残業をさせられるのかはわかりませんが、それでも私が働いた税理士事務所は残業が多いのはわかりました。やっぱり残業はしたくないというのが本音です。1時間とか短時間で残業ならやめることもなかったと思います。しかもサービス残業だと体調を崩すのはあたりまえだと思います。仕事ではなく上司が使用で出かけて部下に任せっぱなしも会社としてはよくないのではないでしょうか?残業の問題もありますが、会社の問題も見直した方がいいと思います。

新卒という貴重な時間を費やした結果

会社を辞めたいと思った時
・営業で採用されたが、会社の情勢が変わり営業アシスタントにされたとき
・営業アシスタント(給料は事務と同様)だがなぜか半分以上は営業の仕事をさせられる現状をしったとき
・顧客フォローを実施するも、結局は顧客のことではなく営業的な数字を上司から求められたとき
・残業をせざるを得ない仕事量があるにもかかわらず、残業をしていると嫌な視線を浴びせられるとき
・営業でもないのに数字をあげるも、インセンティブは私にはつかずそのエリアを担当している営業についたとき
・その営業が私に感謝することもなく、口先だけの「ありがとう」すら言われなかったとき
・使えない上司の下に就いたとき
・上司のせいで契約がとんだとき(1度ならずも2度もあったときには殴ってやろうかと思うほど腹が立ちました)
・顧客の口座から当月支払い分の会費が落とせなかった際に、直接顧客に現金で集金をしなければならなかったが、逆切れされ1時間ほど電話で人間否定をされたとき(当時、その日が初めて一人で営業を回る日だったにもかかわらず、お金を払わない先方が悪いにも関わらずバツが悪かったのかこちらを永遠と非難してくる30~40代前後の若い社長にあたったときは、世の中こんな小さい理不尽な男がいるのかと冷ややかな視線を送りたくなったものです)
上記のように、大なり小なり会社辞めたいな、と思ったことは多々あります。最終的に退職した理由は上記のようなものではなく、その仕事をしている私が嫌いになりかけていたからです。日々働く中で自分の存在意義を見いだせていなかったのだと思います。当時の私がよく言っていたのは「自分が腐っていっているのがわかる」でした。
もちろん毎日のようにアポイントメントを取得し顧客の元を訪問したり、社内で提案書やHPの代理作成を行ったりと日々自分でスケジュール管理をしっかり行い働いてきました。しかしながら、どうしても会社が顧客本位ではなく、会社本位で動いているのを目の当たりにし新卒で会社の厳しさ・実状・ギャップ・きたなさ…といったものに耐えられなくなってしまったのです。
今思い返してみれば、同時の私は子供だったのだと思います。胸をときめかせて新卒採用で入社した広告代理店。そこまで高くいいイメージを膨らませていたわけではありませんが、業界の汚さや会社の質というものを入社するまでしっかりとは理解できなかったのだと痛感しています。
辞めたことは後悔していませんが、日本で転職するというのはなかなかステップアップできるものではないなと感じています。
「最低でも3年働きなさい!」とよく耳にしますが、どうしても耐えられないのであれば3年を待たずに辞めてしまうのも一つの手です。ただ、一時の感情に左右されずに真剣に考え抜いたうえで今後の進退を決めるべきだということを声を大にして伝えたいと思います。

決断力がない上に、嫌がらせをしてくる上司

決断力のない上司がいて、以前から頼りないなとは思っていました。でも、話は聞いてくれるし、ある程度仕事を任せてくれるので、まあいいかと軽く考えていたのですが…
2か月ほど前に、この上司に呼ばれました。新しいプロジェクトを始めるという内容でした。「(私の直属の)上司は私が説得するから、たたき台を作ってくれ」と言うのです。この新しいプロジェクトは、なかなか良いものでしたので、反対する理由もなく、素直に引き受けました。少し経ってから提案書と言う形で資料を作り、職員の全体会議の時にこれを配り、説明しました。
ところが、この提案してきた上司がどこかソワソワしています。ちょっと不安を感じたので、このプロジェクトは進めて良いのですよね?と確認したところ、びっくりするような返事が返ってきました。それは、私がもっと前に始めていた別のプロジェクトを中止し、その代わりとしてこのプロジェクトをやってほしいという内容でした。
以前からのプロジェクトが失敗しかけていたとか、反対意見が多数あったとか、理由があるならまだ理解できます。しかし、以前からのプロジェクトはうまくいっていましたし、反対意見どころか、賛成意見の方が多数を占めています。なのに、色々理由をつけてこの以前からのプロジェクトをやめてほしいの一点張りなのです。そして、最初に新プロジェクトの話をした時、伝え方が悪かったのか通じていないようだけれど、そういうことだから、と言うのです。
普段は温厚な私も、さすがに頭にきました。実は最初に呼ばれた時、やっぱりこの上司はどこかソワソワしていたので、以前からのプロジェクトを続けたまま、この新プロジェクトに着手して良いのか確認をとっていたのです。はっきりと「続けて良し」と言っていたので、安心して新プロジェクトに着手したのです。それが手のひらを返したように、この言いぐさです。頭にこないほうがおかしいのではないでしょうか。自分の足を自分で引っ張るようなことをさせられていたのですから…
何を話しても、どう抗議しても、以前のプロジェクトはやめてくれと譲りません。そもそも、この以前のプロジェクトは、「私には決めかねるから、もっと上の人に決済してもらって」と言って始まったものなのです。そうやって責任を放棄したくせに、今になってやめろというのは、そもそも筋が通らないではないですか。
会議は平行線のまま終わり、その日はそのまま帰ったのですが、帰ってからも怒りは募るばかりでした。居ても立っても居られなくなり、この上司の、更に上司の家に押しかけてすべて事情を話し、このもっと偉い人に決済してもらうよう頼みました。
次の日、このもっと偉い人は緊急会議を開いてくれ、一通り事情を確認した後、「せっかくやる気があってうまくいっているプロジェクトをつぶすようなことはするな」と一喝してくださいました。大変ありがたかったです。
この件がもし通らなかったら、会社を辞めるつもりでした。何も間違ったことをしていないのに、自分の足を自分で引っ張るようなことをさせられて、うまくいっているプロジェクトを潰される。そんな職場ならいる価値はないと思ったのです。
今回は事なきを得ましたが、次回はどうなることやら…先が思いやられます。

上司からのメール

中途採用され、働くことになった会社ですが、就職した当時から合わないと思っていた上司がいました。
私のことが気に入らないのはわかるのですが、入社当時から同時採用された子に対する態度と私に対する態度が明らかに違い、イラっとすることも多々ありました。
残業が当たり前の業界なのですが、私は自分の仕事を終わらせ、他の職員よりも早く帰っていました。それが気に食わなかったのだと思います。
入社当初、初めての業種ということもあり、先輩に仕事内容を教えてもらいながら合間は雑業をする毎日でした。
私は同僚よりも仕事が早く、空いた時間で上司の仕事の手伝いをすることになったのですが、上司の仕事が遅く、私がほとんどこなしていました。そして、気づいた時には担当にされていました。
任せてくれたことは嬉しかったのですが、その頃から深夜まで残業をしている上司が毎日何をしているのか疑問に思い、ますます尊敬できなくなりました。
ある日の朝、いつものようにパソコンを開くと、上司から一件のメールが届いていました。
開けてみると、前の日私が提出した資料にミスがあったとの指摘の後に、「早く帰るなら与えられた仕事くらいきちんとこなしてください」との一言。
仕事のミスと私が早く帰ることは関係ないと思ったのと同時に、話せる距離いるのにメールで指摘してきたことに対してすごく腹が立ちましたが、私がミスをしたのだからしょうがないとも思いました。仕事を疎かにしているつもりがなかった私は、もう一度その資料を見直しました。しかし、そこに上司から指摘されたミスはありませんでした。
怒りマックスの私は、上司のところまで行き間違っていないことと、メールで指摘するなんて大人としてあり得ないことを伝えました。
すると上司は、私の説明を聞き流して理解していないにも関わらず、「それならいいけど、気をつけて」と言ってきました。
その瞬間、「辞めてやる!」と思いました。その日一日私の怒りはおさまることはなく、先輩に上司からのメールを見せて辞めたいと話しました。先輩は私を引き止めてくれ、支店長にもメールの一件を伝えてくれました。お金が必要だったわたしは、先輩の優しさに助けられ、なんとか仕事を続けることができました。
思い出したら今でも腹が立ちます。その後も、「早く帰るんだったら他の人の仕事手伝え」と言われましたが、その都度先輩と支店長に言って腹の虫をおさえてきました。
また、我慢できないようなことを言われたら訴えようと思ってそのメールを保存していましたが、昨年末に上司が他の会社に移ることになって使い道がなくなりました。今は何のストレスもなく、のびのびと自分の仕事をしています。

トラックドライバーをやめて早く安定した職につきたい

私はトラックドライバーです。トラックドライバーの仕事はとても長い時間勤務しなくてはならないため本当に大変なのです。この文章もトラックの中から書いていますが非常に過酷なので眠さに襲われて寝てしまいそうになりました。私は深夜から働き次の日の明け方4時位に帰ってくるような感じです。ですから20時間以上トラックの中にいることが多いです。そんな中、いろいろなサイトを閲覧してみたり、休憩時間中に文章書いたり。そんなことをしたりしていますが待機時間というものがありますので、4時間くらい待機時間があるときはあります。そういった時に会社を辞めたいなそういうふうに思ってしまいます。私の生活で限られた時間はほんとに少なくて私の自由になる時間はほんとにありません。車の運転に携わっています。4時間とか待機時間がある時とはかけ離れたような勤務時間がある時もあります。とても非常に苦しいです。私はタバコをたくさんすることで睡魔と闘います。タバコを吸わなければどうしても眠さに勝てません。私はニコチン中毒になってしまったので、どうしてもタバコから抜け出すことができないのです。タバコを吸っている人は現代は白い目で見られますね、なぜそんなに風に嫌われるのかは臭いのでしょうけど、私は税金も払っているんだしそこまで虐げられる必要もないと思っております。ガムなどで代用できればよいのでしょうがそのようなわけにもいかず、タバコ吸い続けてます。私はとにかく会社を辞めて健康的な生活を送りたいと思っていますがやはりお金のためにはどうしても続けていかなくてはなりません。私の健康的な生活とはやはりタバコ吸わないで時間の中でまったりと過ごしたい。そんな夢のような生活ができたらいいなと思っておりますが、やはりそのようにはいかないでしょうね。会社を辞めたい会社を辞めたい、そんな考えが頭をもたげます。しかし私はタクシードライバーの仕事をしたこともありますけどタクシードライバーは全く稼げなかったのでわたしには向いていなかったようです。タクシードライバーよりもトラックの方がまだよいという考えがありますから、なんとか続けていけるわけです。早く辞めたいのは山々ですけど会社を辞めたいという気持ちは毎日毎日日に日に強くなっていく一方です。早くしないと年老いてしまいそうで、強くなることがあります来年で私は40歳を迎えますから。交通事故などに気をつけて、早くトラックドライバーから足を洗いたいと思ってます。本当に長い時間の運転に耐えてきましたから、10代の頃から長年よく続いたと思ってます。早く会社を辞めたい気持ちでいっぱいです。どんな時に会社を辞めたいというよりは常に辞めたいという考えが最近強くなってきましたのでそろそろ潮時かなと思ってます。

トラックドライバーの勤務体制に疲れ果てて会社を辞めたい

トラックのドライバーと言えば、やはり過酷な勤務というイメージがつきまとうのではないでしょうか。私の会社も例外ではなくやはり過酷な勤務で有名な会社でした。周囲にはもっともっと楽な勤務体制の会社もあったので、私はもっとそのような会社に入りたいと思っていましたが、当時結婚して娘が生まれたばかりでしたので張り切って頑張るほかありませんでした。周囲に頑張れ頑張れと言われても私の体は限界にきており食事も現場現場の間で、カップラーメンをすするようになっていました。食事の時間も満足にとることが出来ない仕事の中であたしはストレスがmaxになってしまいました。頭もはげてきて、悲しくなる一方です。早く家に帰りたいそう思っても私は東北の中を雪道のなかを走っていたり長野走っていたり、神奈川果ては北海道までも行きました。高速道路で覆面パトカーがたくさんいる中気を使いながらなるべく急いで配達しなければなりません。当時は80キロ規制などはありませんでしたから、なるべく急いで現場へ向かうのが普通です。そんな中私は居眠り運転惜しそうになり恐怖を感じて会社を辞めたいと思いました。私の会社は居眠り運転で事故で死んでいる方がいらっしゃったので私もそのようにならないように気を付けなければと気を引き締めて運転をしておりましたが、事故を起こすときは事故を起こしてしまうものですから私は早くトラックドライバーを辞めたいと思っていました。そんな中私は条件の良い会社に出会いトラックドライバーを辞めなくてもほかの会社にステップアップしていこうと考え、そんな中私は条件の良い会社に就職しました。ですからトラックドライバーを止めることはできなかったんですけどそれでもトラックドライバーを辞めたい辞めたいと思いながらトラックドライバーをしていました。上下関係も厳しい会社でしたから突然怒鳴られたりすることもあって私は会社を辞めたいと思うことがとても多かったです。もっとゆっくり食事をしたいとか、もっと早く家に帰りたいとかそんなことばかり考えていましたのでよく事故を起こさなかったものです。また、これからも非常に気をつけて運送の仕事に取り組んでいきたいと思っておりますが、本当は副業だけで食べて行けたらいいなと考えてますがそうは甘くありません。とにかく運送の仕事は体力勝負ですから食べるものもしっかり食べて、栄養もつけてゆっくりとした睡眠が必要なのですがだいたい私はトラックの中で寝ています。この文章もトラックの中から書いています。私の会社はとても厳しいことを言われますから、1分1秒でも遅れてしまうと納品してもらえない場所があったり、なかなか高速道路で道を譲ってもらえない場合もイライラしてしまいます。1分1秒争っていますから事故起こさないように気を付けなければならないのはわかっているのですがひやっとした場面はたくさんあります。そんな中私は会社を辞めたいと思ってしまいます。もし私に何かあったら残された家族はどうなってしまうのだろうとか私にかかってくる責任はどのように処理されるのだろうとかそんなことばかり考えてしまいますので非常に過酷な毎日です。会社を辞めたいと思っても、お金のためには仕方がありませんので我慢して働いていますがお金があったらすぐにでも会社を辞めたいです。早く会社を辞めたいと思っていますけどなかなか会社を辞められないというのが現状です。トラックドライバーの仕事は過酷ですから、トラックの中で睡眠を取らないで自宅に帰って本来はゆっくり休みたいものです。私の会社では夏休みとか冬休みとかそういったものが少しあったんですけど最近なくなってしまいました。やはり時代の流れでしょうか持ち込みのドライバーも減り給料減る一方です。ですから私は会社を辞めたいと考えていますもっと安定した仕事につきたいものです。しかしトラックドライバーしかやってこなかった私は、他にどのような仕事が務まるかなんて考えてみても時間のムダなのです。トラックドライバーしかありません。そんな私は、自分が呪われているのではないかとさえ思ってしまいますからかなり重症な部類だと思っております。できるだけ早く会社を辞めたい毎日そんなことを考えながら走っているといつか事項やってしまいそうなので気を引き締めて今日も頑張ります。

トラックドライバーの過酷な勤務と実態

トラックドライバーというのは過酷な勤務があるものです。どんな勤務かというと深夜に出て行き次の日の明け方に帰ってくるなどということもありますので労働時間が20時間を超えてしまうといったようなこともたくさんあるのです。トラックドライバーの仕事は、誰にでもできそうなイメージかもしれませんがやはりトラックを乗るスキルが重要になってくるため、なかなかいきなり初めてできるようなものでもありません。2トンから乗り始め4トンにステップアップその次に大型となるのが普通です。の上にトレーラーがありますけどトレーラーまで、ステップアップするためには本当に長い時間がかかります。私の会社は深夜に出て明け方に帰ってくるということが多々ありますけど、私の会社ではそれが当たり前となっているのでそんな時に会社を辞めたいと思っています私の会社は、非常に過酷な労働日数があり、全く休むことができませんそんな時に会社を辞めたいと思ってしまいます。私は会社を辞めたくてどうしようもないのですがやはりお金のためにどうしようもありません。会社が辞めたい会社が辞めたいそんな日を待っていても会社を辞めることができない限り私は苦痛から解放されないのです。トラックのドライバーと言えば、やはり過酷な勤務というイメージがつきまとうのではないでしょうか。私の会社も例外ではなくやはり過酷な勤務で有名な会社でした。周囲にはもっともっと楽な勤務体制の会社もあったので、私はもっとそのような会社に入りたいと思っていましたが、当時結婚して娘が生まれたばかりでしたので張り切って頑張るほかありませんでした。周囲に頑張れ頑張れと言われても私の体は限界にきており食事も現場現場の間で、カップラーメンをすするようになっていました。食事の時間も満足にとることが出来ない仕事の中であたしはストレスがmaxになってしまいました。頭もはげてきて、悲しくなる一方です。早く家に帰りたいそう思っても私は東北の中を雪道のなかを走っていたり長野走っていたり、神奈川果ては北海道までも行きました。高速道路で覆面パトカーがたくさんいる中気を使いながらなるべく急いで配達しなければなりません。当時は80キロ規制などはありませんでしたから、なるべく急いで現場へ向かうのが普通です。そんな中私は居眠り運転惜しそうになり恐怖を感じて会社を辞めたいと思いました。私の会社は居眠り運転で事故で死んでいる方がいらっしゃったので私もそのようにならないように気を付けなければと気を引き締めて運転をしておりましたが、事故を起こすときは事故を起こしてしまうものですから私は早くトラックドライバーを辞めたいと思っていました。そんな中私は条件の良い会社に出会いトラックドライバーを辞めなくてもほかの会社にステップアップしていこうと考え、そんな中私は条件の良い会社に就職しました。ですからトラックドライバーを止めることはできなかったんですけどそれでもトラックドライバーを辞めたい辞めたいと思いながらトラックドライバーをしていました。上下関係も厳しい会社でしたから突然怒鳴られたりすることもあって私は会社を辞めたいと思うことがとても多かったです。もっとゆっくり食事をしたいとか、もっと早く家に帰りたいとかそんなことばかり考えていましたのでよく事故を起こさなかったものです。