自分の問題を抱えたまま働くことへのリスク

私が音楽教室の講師をしていた頃のことです。
勤め始めたときは子供たちと関わることが楽しく、今思うとやりすぎだったと思うほど時間外にレッスンの準備をしたり、自分の技術を磨くために練習をしていました。
それはお給料には到底見合っていない仕事で、そうとはわかっていても私は時間外の労働をやめられなくなっていました。
なので、心も身体も休まる暇はなく、仕事を始めて1年が経つ頃にはその限界を感じていました。
3年勤めたら辞めよう。4月に就職したその年度終わりにはそう決意していました。
次の年からは仕事にも余裕が出てきて、少しずつ時間外労働にもブレーキをかけることが出来るようになってきました。
ただ、その分会社のイヤなところばかりが目に付くようになってきたことも事実です。
ボランティアと称した発表会の手伝いをしたり、毎年同じことしか言わない・しない勉強会には絶対的に参加しなくてはならなかったり、これは仕事なのではと思うようなことにも給料が支払われなかったりする会社側の人たちに怒りすら感じました。
一方、私は大学を卒業し、地元で就職が決まったので実家に戻っていました。
大学生活での一人暮らしはそれまでに比べると自由で、
よく「親のありがたみがわかったよ」とか言う人がいますが私にはまったくそんなことはわからず、とくに親に感謝することはない4年間が過ぎていきました。
それで改めて実家に戻り、ここは自分の居場所ではないとわかったのです。
これは自分自身の問題ですが、今まで自分を取り巻いてきた環境が要因でもあり、子供の頃からの記憶をたどるとずっと学校に行きたくないとか勉強したくないとか、他人が怖いとかそういうことに行き着いてしまいました。
そして、これはのちにも繋がって「あ、仕事したくないな。」と思いました。
とてもわがままなことはわかっていますが、今までやりたくないことをやってきて心がぼろぼろになった以上、
今までにない行動を取りこの苦しさから逃れたい、今まで培ったものを全部捨てなければならないと思いました。
ただ、その瞬間に辞めることはできず、やはり勤務して3年で辞めようと堅く決めたのが入社2年目の終わりでした。
いよいよ入社3年目になると、私は「よっしゃ!あと一年!生徒たちと別れるのはさみしいけど、やるしかない!」と張り切っていた矢先でした。
ある保護者の方から、「今日はありがとうございました。○○も楽しそうに、帰って早速宿題をしていましたよ~」とメールが来ました。
それはその日に初めてレッスンに来た生徒の母親でした
その後もその方はレッスンが終わったり、わからないことがあると逐一メールをしてきました。
そして、ある日「教材が鞄にないので、困ります。」と連絡が入っていました。
自分の鞄を探すとその子の本が混じっていました。
その頃あたりから私への不信が募ってきたのか、その保護者から私へのレッスンの方針や言葉のあらを探すような攻撃的なメールや言動が目立ち、
当時は自分の精神状態が不安定だったこともあり、私はその方に対してすっかり萎縮していました。
この騒動が起こる前にはその方もお子さんのレッスンに付いて来ていたのですが、それからは一度も来られず、とうとう最後のレッスンの日になりました。
その日はどうしてもお互いに顔を併せて話さないといけなかったのですが、私はどうしても無理だと思い会社に、
「こんなことがあって気が滅入っています。他の生徒さんのレッスンができなくなるかもしれないほど辛いのです。なので○○さんのレッスンをその日の最後の時間にして頂けないか取り合ってみてくれないか」と相談したのです。
しかし、会社からは「そんなことをしたら火に油だ。なんとか頑張って。」という一言しか聞けずにその日を迎えました。
私は結局、その問題が起きた生徒のレッスン後にパニックになってしまい、そのあとに行うはずの生徒のレッスンができる状態ではなくなりました。
その日の夜には、「精神病なのですか?そんな方には教えてもらいたくない。○○がかわいそう。」など、あなたもそこそこ害があるのではと思うようなメールが届きました。
元々は自分の問題を抱えていてそれを第一の理由に会社を辞めたかったのですが、この事件で限界が来てしまいました。
それ以来、私の怒りの矛先は会社に向かい、入社3年が終わる半年前に私は会社を辞め、実家を離れて一人暮らしを始めました。

しっかり準備をして

私は、現在パートで事務職をしてる40代で主人、中学生小学生の二人の子持ちです。仕事はとてもやりがいがあります。ただ主人の仕事の都合で2年前に引越したため私の職場までの通勤時間が大幅に時間がかかるようになったため残業すると帰ってから就寝までの時間が短くなるのでバタバタし、朝も出勤までの時間も限られているので、イレギュラーな事が起こると大変です。
近くでパートを探す事も考えましたがとても環境もよく慣れた仕事でもあり迷いつつここまできてしまったんですが、正直問題山積で悩んでいます。
職場は元々パート同じ楽しく仕事をしてましたが、もう一人の方が体調を崩され退職してしまい現在は業務拡大の可能性から社員さんに就いて頂く事になりました。
私としては、色んな面で社員さんに負担頂けるので気持ち的にも時間的にも楽にはなり感謝はしているのですが、なんだかやりがいを感じれなくなってしまったんです。なんとも寂しく、言い様のない喪失感と言いますか。
社員は私よりも10歳ほど若い独身者です。30代のため結婚を視野に考えててもおかしくない年令ではありますが、全くご縁がないようです。
仕事は真面目ですが、やはり既婚者の私とは会話に共通点がなく、なかなかコミュニケーションをはかるのが難しいです。感覚的なものも合わず、なんとか合わせようと努力はしてるのですが、しんどいです。
愚直をこぼしてもなんだか自分が嫌で惨めで通勤時間はネットでの仕事探しをしてはなかなかないもんで、自信もなく気持ちがいったりきたりの毎日です。
たかだか8万ほどの収入のために時間をかけて通勤し合わない相手と顔を付き合わせがんばらないといけないものなのか嫌になりますが、されど8万。主人のお給与で生活できる状態だと迷わずトライできると思うんですが、すぐに仕事が見つからなかったらどうしよう、とか考えると踏み切れません。
私と同じような方もたくさんいらっしゃるかと思うんですが、決断はどんなタイミングでされるんでしょうか。
優柔不断な自分に腹は立ちますがどうして良いか答えが出せません。
まず、辞める理由。辞める時期。その後の仕事の種類。パートか社員か。年令は大丈夫なのか。資格をとるためにハローワークを利用しようかどうしようか。これから何年働けるのか受け入れてもらえるのか。病気や親の介護、色んな問題が山積してるが両立してやっていけるのか。いっそうの事、自分で起業できる事は何かないのか。年々選択肢が減っていく中、同年代はどうしてるのか聞いてみたいです。
住宅費に子どもの教育費。入ってくる収入に対して出ていく金額が大きすぎて本当に不安になります。
たくさん稼げて時間も都合つけれて。悩みます。

仕事を辞めたいと思ったとき。

私が仕事を辞めたいと思ったときは、面接で言っていた契約条件と日に日に異なってきたときです。
契約社員として始めた仕事なのですが、契約時に言っていた3カ月を過ぎても更新されず、半年を過ぎても更新されず、先輩の契約社員の人も社員に更新されていないことを知り、1対1で面談があるときに上司に聞いてみたら、そのうち社員にしようと思っているよ。と言われるだけ。。。
また、当初私が希望していた部署とは違う部署に配属されていたのですが、その理由を面談の時に同じ上司に伺ったところ、やはり下積みをして経験してから後々移動させてもらうと言われ、半信半疑希望を持っていたのですが、先輩に希望部署の話を聞くと、
「そんなの希望聞くだけで、その通りになっている人なんて居ないよ。」と言われてしまいました。
確実に、上司の人に人員穴埋めのために素早く採用されうまいことを言って丸め込まれたと思いました。
そんな中、転職しようと思い上司に相談しようか迷っていたら、
「新しいシステムの導入を行うから君がこの部署の代表として早速会議に参加して覚えてきてくれ。」
と言われなぜか期待の新人扱いされ私がいた部署で先陣を切って仕事をする羽目になってしまいました。
新しいシステムは覚えるのが簡単でしたが、なぜ私が?一番下っ端の私が先輩方に教えなければいけないの?など疑問だらけでした。
そしてその新しいシステムをしている最中に、営業の上司に
「そのうち君を営業に同行させたいんだが、来てくれるね?」
と言われ、
・・・・私は営業でもなければ新しいシステムのことを任されているし、いまいち意味が分からない。そして契約社員を正社員に更新する話は?
と、疑問と苛立ちでいっぱいいっぱいでした。
さらに、直属の上司ではない上司の方に
「来年から大学へ行き新卒者を募集する。君が担当してほしいんだが。」
・・・・こんな時に更に何を言っているんだ?もっとふさわしい部署や先輩がいるはず。なぜ私が新しいことばかりやらなければいけないんだ?
と限界を迎えようとしていました。
そんな中、上司との面談の日が来て、今思っていることや転職したいと思っていること、配属先の話や、たくさん話した結果何も変わりませんでした。
私が思うに、面談などをしていた直属の上司がいろんな上司の人に、新人のあいつを使ってくださいと頼み、自分の評価を上げようとしていたのだろう。
そんな会社を辞めようと、隠れて転職サイトなどを見て軽く転職活動をしている最中に結婚することに。
妊娠もして上司に話をしたら、
「転職しようとしている君に育児休暇なんてあげられないよ。辞めたかったのなら辞めたほうがいい。」
この上司の発言で、辞める決意をしました。こんな会社、いや、この上司の下で一生働くなんて絶対に無理だ。
結果、、辞めてよかったです。

私が会社を辞めた理由

私は以前、小さな会社の会社員でした。
社長と先輩と私の3人の会社でした!
私が違う会社で働いていた時に出会い、良かったらうちに来ないか?というお誘いでした。
その時の会社の給料や人間関係にも満足していたわけではなかったので、少し悩んでその会社に行くことにしました!
僕が違う会社にいた時から凄く良くしていただいていたので、入社してからは仕事も人間関係もとても満足していました!
ですが、時間が経つにつれてだんだんと悪い部分も目につくようになってしまいました・・
社長と先輩の二人でやってた会社だったので、途中から入った僕がよそ者。みたいな扱いになっている時が多々あったのです。
まあ、元々二人だったのだからしょうがないと思って我慢していましたが、そのうちどんどんエスカレートしていきました。
出身が田舎だからとバカにされ、お前はうちの社員じゃないなどと言われ、辞めちゃえ、帰れ、などしょっちゅう言われるようになりました。
さすがに私も我慢の限界で帰った時もありました。
そうするとわざわざ家に来て、悪かったな。明日からまた頼むぞ!と言って帰っていきました。
それからいつも通りに戻った!と思ったのですが、また時間が経つと同じようなことの繰り返しになりました。
さすがに我慢できずに、なんなんですか?と社長に言ったら今度は先輩にお前誰に口聞いてるの?と殴られました。
一番近くで見ている先輩で相談もずっと乗ってもらっていました。
社長はああいう人だから!我慢しなよ!とか飯でも行くか?とか仕事以外にも親しくさせてもらっていた先輩だったのでとても信用していました。
社長に言う前にも、先輩に相談してちょっと文句言って来ていいですか?と言ったらさすがに言ったほうがいいな。お前が何も言わないからああ言う感じなんじゃない?
と言われたので、私も社長にたてついたのです。
そこで、まさかの先輩に殴られるんですからビックリです!
よそ者扱いされた挙句に、ハメられて殴られその後社長にもとことん殴られました。
そのことがきっかけで辞めようと決意しました。
3人しかいなくて一人だけ違う扱いされるのは流石にたまりませんでした。
2年半以上信じて、ずっと相談していた先輩に裏切られたという思いしかありませんでした。
人間不信ですよね。会社を辞めてからは社長も先輩も一切連絡取らなくなりました。
最近、社長からも先輩からも電話きてますがもちろんシカトですよね。
だって先に裏切ったのはそっちなんですから。
入社する前に信じすぎてた部分もありますし、本当にいい人達だな!と過剰に思っていた私にも悪い部分はあると思いますが、さすがに2対1で手出すのはおかしいですよね。
この人たちの元で働こう。という気持ちが一切なくなったので辞めました。
私が会社を辞めた理由はパワーハラスメントです。

職場が屋根裏部屋の会社に勤めて。

私が20代前半に勤めていた会社はスポーツ雑誌の出版社でした。そこでデザイナーとして勤めていました。その時勤めていた時に辞めたいと思いました。その会社は社長一人に編集者5名、デザイナー3名の会社でした。一軒家を会社として使用していました。一階の一部屋を編集部、二階の屋根裏部屋のような部屋がデザイナーの部屋でした。
そのデザイナーのいる部屋は本当に狭くて、屋根裏部屋なので、畳一畳か二畳ある程度、本当に狭いスペースに長机にパソコン三台おいてありました。デザイナー三名いたので、本当にスペースがなかったです。その会社に初めに面接に行ったときに不思議に思いました。二階の屋根裏部屋を見た時にこんな所で作業しているのかとびっくりしました。また、なぜか布団が置いてあってなんのために、布団がおいてあるのか疑問に思いました。その理由が後に分かりました。
その会社は雑誌のデザインの仕事は未経験でも採用してくました。その会社でデザイナーとして勤めることになりました。デザイナーの部屋にはエアコンがありませんでした。屋根裏部屋なので、1階より暑く、夏は本当に暑かったです。自腹で扇風機を購入して、それを置いて対応していましたが、あまり効果はありませんでした。狭い部屋に3人もデザイナーがいるのと、パソコンが3台もあるので、その熱でさらに部屋は暖まりました。
そして、月刊誌の雑誌の出版社だったので、1ヶ月に1度は印刷屋にデータを納品しなければいけません。その入稿日前がとても大変でした。なぜかというと、なかなか原稿が編集部からもらえないからです。編集者も少しでもタイムリーな情報を雑誌に載せたいので、入稿間際のスポーツの試合を取材に行って、それを記事にしてデザイナーに渡すため、入稿日ぎりぎりにならないと、原稿がもらえない状態が毎月のようにありました。なので、入稿前は泊まり込みしないと仕事が終わりませんでした。入稿日3日間は家に帰れませんでした。お風呂もシャワーもない会社だったので、最悪でした。特に夏場が嫌でした。デザイナーのいる部屋は暑い上に、汗をかきます。なのにお風呂に入れません。自分でも二日目になると臭いと思うようになります。
入稿日前はデザイナーが泊り込みになるために布団が置いてありました。面接の時に抱いた疑問が解説しました。「だからか~」って入社一ヶ月もしない間に気づきました。まさかその布団で自分が寝ることになるとは思いませんでした。
劣悪な職場環境に耐えられず1年たたずにその会社は辞めました。今まで勤めた会社の中で、一番劣悪な職場でした。会社で寝泊りしたことがある人もそういないと思います。貴重な体験が出来たと思います。

私が会社を辞めたいと思った出来事

私があるメーカーの工場に勤めていた時の出来事です。入社した当日から様子が気になっていたのですが、初日の朝礼の前に私は部長に呼ばれ「何処か他の会社の面接を受けたか。」と訊かれたので、私は面接を受けていたことを伏せて「いいえ。」と答えました。何故私に対してこの様な質問をされたのかについて最初は見当がつかなかったのですが、入社後に見当がつきました。私は朝礼の時に、工場の全員の前で紹介され、仕事に入りました。私が入社した1週間前に入社した者(以下 彼)がいたのですが、他の人は私の入社直後に私や彼を悪く言っていました。昼休みは何事もなく過ぎ、夕方は定時に退社出来ました。私は生産管理事務の担当でしたが、最初の間は現場で研修ということでしたので、現場での作業をしていました。入社2日後に彼が私が帰ろうとしていた時に呼び止め、その後は私は彼と昼休みや帰宅時は一緒に行動していました。私は、以前勤務していた会社よりも幾らかマシな会社に転職出来たと話した時に、彼は「自分はそうは思わない。自分は最初から拒絶されていた。」と話していました。彼は入社当日の昼休みに次長に食事に誘われたそうですが、私はその様なこともなかったので、私はそういう扱いなのかと少し気になりました。現場での研修が終わり、事務所での仕事を行う様になりましたが、ここからが大変でした。私は、比較的若手の主任からパワハラを受けていました。何かあると、10月だというのにも拘らずクーラーの冷風を直接当てたり、言い掛かりをつけられていました。その主任は、私と違い高卒だったのですが、現場の人の話では転職者に対して酷い態度で接することが多いという話でした。中には大企業の管理職だった人が転職してきた際に、酷い仕打ちを繰り返して短期間で追い出したこともあるそうで、私の様な者が鼻についているのではないかということでした。実際、その主任は勤務態度に問題があり、無断で遅刻することはしょっちゅうでしたし、時間があると現場へフラフラと遊びに行っていました。他人に厳しいだけの会社ということは入社後、頻繁に聞いていたのですが、他の事務職員も私に対して酷い言葉を浴びせるにも拘らず、自分達はいい加減にやっていても他からは何も言われず、私が間違いを指摘すると「ふん。」と言って不機嫌そうにしていました。件の主任は私や彼に対して「お前ら、何も知らない人が見たら、こいつがお前らを苛めている様にしか見えないぞ。」と何度も他の事務職員を庇う事ばかり言うので私は困っていました。また、私は現場で研修中に現場作業員の一人に「お前の住んでいる建物は、どの様な建物か?」と訊かれたり、「どうすれば、お前の部屋まで行けるのか?」と訊かれたりしていました。私は彼にその様なことがあったかどうかについて訊いてみたのですが、彼はその様なことは無かったと答えたので、私は奇妙に思いました。私は、件の現場作業員に住んでいるマンションの位置を教えていました。そして、現場でのパワハラが酷くなり退職したいと考えていた頃に、その現場作業員が仕事が終わった後に私のマンションにやって来ました。一緒に食事をした後に私のマンションまで車で送ってくれたところまでは良かったのですが、その現場作業員は私に「自分が変わらなければ他人は変わらない。」と言い、新興宗教の勧誘を始めました。「この新聞を購読しろ。」、「こんなにいい宗教はない。」、「こんなにいい話は他の人には教えない。」と言ってその宗教の信者の芸能人のビデオまで持って来ていました。そして「お前が田舎に帰れば済むだけの話だ。お前の家の近くのこの宗教の建物に行って、この宗教に入れ。」と2時間もしつこく車内で勧誘されました。私はたまりかねて「今日はご馳走様でした。」と言い外に出て自宅マンションに入ったのですが、以前勤務していた会社も新興宗教絡みで厄介だったのが、またしてもという感じで悔しかったです。毎日パワハラを受け、そして酷い勧誘とくればもう私はこの会社に居ることはないと考え、退職の意思表示を面接官だった総務課長にしました。総務課長は私と2時間話したのですが「この様なことになったのは初めてだ。」「あの事務職員らは、本社に以前居たが、本社では嫌われていた。」と話しました。工場の事務所で私が酷い扱いを受けていたのは、この会社に酷い者が集まっていたということだったのだろうと思いました。そして、私に親切にしてくれていた人は「私にもう一度戻ってきて欲しい。」と言って来たのですが、私は今迄の状況を説明すると「他の職場の方が自分を活かせる。」と言ってくれました。私が退職した後、彼は更に酷い扱いを受け、事務所から現場へ追い出されました。私に何度も「もう危ない。」と電話してきていましたが、結局彼も数か月で退職しました。私も数か月で退職した身ですが、もうこの様な人達に関わりたくありません。